歪んだ王国に生まれなかった私たち

「白馬の王子様なんて、いないんだよ。でも、その人は王子様なの。白馬もお城も宝石も持ってなくて、どこかに幽閉されてるんだけど、王子様なの。その人がね、私を愛してくれるの。偽りの愛だけど、私たちにはそれしか残されていないのよ」

 カバンの中で、保護シートに包んだプラスチックのCDケースがカタカタと音を立てる。透明なケースには群青色の歌詞カードがはめこんであったので、ケースそのものが群青色に見えた。
 群青色のカードには女の人が写っている。彼女は黒っぽい服を着て、白っぽい手袋をはめ、群青色の暗く幻想的な光を浴びて青ざめている。その背後にあしらった黒いレースの模様は、大きく傘を開いた巨大なクラゲのようだった。女の人の横には、灰色の手書きの文字で、「歪んだ王国」と書かれている。
 十代の頃、私がとても好きだったアルバムだ。
 あの頃は、友達も一緒になってこのアルバムを聞いていた。少し暗くて怪しげで幻想的な雰囲気がとても好きだ、と彼女は言って、雑貨ショップで買ったお気に入りのノートに歌詞を書き写したのだ。
 ふたりでイヤホンを片方ずつ耳につけ、一緒にCDを聞いたこともある。彼女がおしゃれなノートを開き、授業中は決して使わない万年筆を取り出して、慎重に歌詞を書き写す様子を、私はぼんやり眺めていたものだった。

 今の私は、わざわざCDを聞くことはない。技術の変化はとどまるところをしらず、CDはレトロな趣味になりつつある。音楽を聞くために、CDという円盤を買う必要はなくなった。かつて大きな円盤の形をしていた家庭用オルゴールのディスクが、同じ形をしたレコードに主役の座を奪われ、そのレコードがCDに駆逐されたように。
 ただ、このアルバムは私にとって、思い出の品だった。聞かなくなったCDは、ほとんど中古ショップに売ってしまったが、『歪んだ王国』は手元に残しておいた。CDとしてではなく、思い出が残った大切な持ち物として。
 時折、私は分厚い保護シートで『歪んだ王国』を包み、カバンに入れて持ち運ぶ。ケースに傷がつかないよう、サーファー用の水着と同じ素材でつくられたという保護シートに包んでわざわざ持ち運ぶ理由なんて、自分でもわからない。まるでお守りのように、気が向くと私はこれをカバンに入れている。変なの、と誰にも聞こえないようにつぶやいた。
 電車は規則正しい音を立てながら、職場の最寄り駅を目指して見飽きた景色の中を走っていく。今日も私はカバンにお守りよろしくCDを入れたまま、仕事へ向かうのだ。

「ナキミさん、やばいよー。村吉チームで、一気にふたり休んじゃった」
 職場に着いてタイムカードを押していると、私と同じチームのリーダーを務めるカケイさんが声をかけてきた。
「ありゃりゃ」
「村吉チームの案件、明日、先方に持ってかなきゃいけないのよ」
「げっ。まじっすか」
「あそこは前も提出日に遅れてるから、今回こそは出さないとねぇ…」
 お姉さんともおばさんともつかない微妙な仕草で、カケイさんはため息をついた。無精ヒゲを生やした三十代の男性なのだが、彼の言葉遣いとしぐさは、オネエっぽいのを通り越して、ちょっとおばさんくさい。
「というわけでナキミさん、悪いけど今日は村吉チームのヘルプに入って」
「あ、はい」
 オフィスを横切っていくと、村吉チームのスタッフのひとりがふり返った。一瞬、あぁ似てる、という思いが脳裏をよぎる。『歪んだ王国』を聞いていた友達に、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、似ている気がした。
 でも彼女が席を立って、忙しいのにヘルプに来ていただいてすみません、とあいさつを始めたら、そんな懐かしい思いも消し飛んだ。納期前とアドレナリンという言葉は、恐らくイコールで結ばれている。

 少し息を荒げて改札を通る私の頭上で、構内放送が高らかに終電の訪れを告げた。次にまいります電車は最終電車です。お乗りの方はお急ぎ願います。次にまいります電車は最終電車です……。
 どうにかまにあった。よろよろとホームへの階段を下りながら、カバンの中をまさぐると、手の甲に当たったCDケースがコツンと音を立てた。空腹をかかえて駅までダッシュしたためか、頭の中がしびれるようにじんわり痛い。カバンの底に入っていたチョコを取り出して口に放りこむと、甘味と苦味が恐ろしい勢いで舌の上に広がった。もう二十八歳だ。終電まで働くのはそろそろつらい。
 しずしずとすべるような動きで、終電がホームに入ってくる。こんな地方都市でも、終電はそこそこ混んでいるのだ。私と同じような境遇の人々が、次々に車内へと吸いこまれ、つり革を握って立ち並ぶ。
 疲労で眠りたくなるのをこらえて、私は薄く目を開けた。きっと東京の終電は、もっと遅くて、もっと人が大勢乗っているのだろう。東京で就職した知り合いたちは、あの恐ろしく乗客の多い電車に乗って、毎日仕事へ行っているのだろうか。
 そういえば、『歪んだ王国』を出したアーティストが、終電をテーマにした歌もつくっていた。確か終電が銀河鉄道のように空を飛ぼうとするのだ。あの歌に描かれている終電は、東京の終電だ。こんな田舎の終電じゃなくて、もっと遅くまで走っていて、もっと多国籍の多彩な顔ぶれでごちゃごちゃに混んでいる。きっと。
 あの子も東京で働いているかもしれない。
 あの子も終電まで仕事したりするのかな。
 十代の頃、『歪んだ王国』の歌詞をノートに書き写していたあの子。中でも「王国」という歌を特に気に入って、妄想のような解釈を語ってくれた彼女。

「永遠の愛って、あると思う?」
 窓から西日が差しこむ図書室で、書き写した歌詞を満足そうに見下ろして、彼女はふいにそう言った。
 あの頃、必要以上に醒めた態度をとるお子様だった私は、ないんじゃないの、と答えた。だって諸行無常って言葉もあるし、と。
「そうだよねぇ」
 あいづちを打った彼女は、どこかうれしそうだった。
「永遠なんて、ないんだよ。結婚式の誓いの言葉だって嘘。永遠の愛なんてありえない。だから、永遠の愛を誓っているのに、この歌の主人公は、それが偽りの言葉だと知ってるんだね」
 ふうん。そういう解釈なんだ。
「永遠の愛を実現しようと思ったら、ふたりっきりでどこかに閉じこめられるしかないんだよ。この歌みたいに」
 非現実的だね、と私がつぶやくと、彼女はふふっと笑って歌詞カードを閉じた。
「もし、この歌に出てくる女の子が私やナキミだったら、この歌の主人公は私たちにとっての王子様だね」
 幽閉されてるのに、王子様なの?
「白馬の王子様なんて、いないんだよ」
 彼女はじっと書き写した歌詞を見下ろす。
「でも、その人は王子様なの。白馬もお城も宝石も持ってなくて、どこかに幽閉されてるんだけど、王子様なの。その人がね、私を愛してくれるの。偽りの愛だけど、私たちにはそれしか残されていないのよ。私には、そういう歌に聞こえるな」
 彼女が何のためらいもなく、愛してくれるという言葉を発したので、私はなんだか照れくさくなった。

 あれから何年もの時がたち、私は彼女と疎遠になってしまった。ネットで彼女の名前を尋ねれば、どこかのSNSに彼女のアカウントがあるかもしれない。でも私はまだ探したことがない。思い出が壊れてしまいそうで嫌だったのだ。
 永遠の愛なんてありえない、と言い切った彼女は今、どこで何をしているのだろう。青かった頃の自分など忘れて、誰かと永遠の愛を誓って結婚しているのだろうか。
 そのほうがいい。さっさと誰かと結婚してしまえばいい。だって、永遠の愛なんてもう、どうでもいいのだ。私も彼女も、あの幻想的な歌の世界の住人ではなかったのだから。
 私たちは歪んだ王国には生まれなかった。
 ガタン。
 電車がゆれる。カバンの中で、CDケースもゆれる。
 ぐったり疲れている人、ほろ酔いで顔を赤らめている人、友達や同僚と楽しそうにしゃべっている人を一緒くたにして、終電は走っていく。歪んだ王国の愛にひそかなあこがれを抱いた哀れな女も一緒に運ばれていく。

 本当は、あの歌にあこがれていた。
 あの歌のように、ふたりだけの世界で誰かに愛されたかった。永遠の愛なんてありえないとうそぶきながら、永遠の愛を捧げられてみたかった。
 愛を求めるだけの人間は誰からも愛されないということを、私は知らなかったのだ。
 人生で最も美しい時期を、私はそうして何もせずに過ごした。『歪んだ王国』を時折カバンに入れて持ち運び、淡々と仕事をしながら、まるで十代の世間知らずな小娘のように、愛が降ってくるのを待っていた。ふたりだけの世界で誰かに愛されることを夢見ていた。
 誰かに愛していると言われたかった。
 もう、やめなければ。
 終電がゆっくりと動きを止める。ふと、終電がそのまま空へ飛ぶことを夢見たけれど、もちろん空を飛ぶわけもなく、アナウンスとともにガタリとドアが開いた。つかのまの妄想を打ち破られて、私は無表情のまま駅へと降り立つ。

 仕方がない。ここは歪んだ王国でもなければ、午前一時の終電が銀河鉄道になろうとする東京でもないのだ。さっさと家へ帰ろう。
 どんなに夢を見たところで、明日も仕事があることに変わりはないのだから。

[完]

作品情報

2013年、Amazon Kindleストアで販売した小説『歪んだ王国に生まれなかった私たち』に収録。
(現在は販売終了しました)

ブログへ再掲するにあたって、若干修正しました。