豊かな国の幼き子らよ 03

第一章 迷宮(3)

 目を覚ますと知らない世界の続きだった。
 だぼっとした白いワンピースを脱いで、下着一枚の姿になって爽太はベッドに横たわっている。そういえば「寝る時には服を脱ぐのが当たり前だろ」とテオに言われてワンピースを奪われたのだ。

 着替えの時に渡された新しい下着はトランクスに似ていて、ボクサー派の爽太は少々とまどった。
「トランクスタイプ、久しぶりに履いたよ。スースーするね」
 照れ隠しも含めて爽太がそんな感想をもらすと、テオは首をかしげた。
「爽太はたまに俺の知らない言葉を話すね。オサナゴは天の言葉を知っているのかな」
「下着の種類の話だよ。僕は今までずっと、もっとぴったりしたタイプを履いてたから」
 そう言って爽太は、自分がさっきまで履いていた古い下着を指し示そうとしたが、すでにそれはテオの従者の手によって持ち去られていた。
「あれ、ごめん……洗濯に持って行かれちゃったっぽい」
「ふうん。よくわからないけど、下着は今俺たちが履いてるタイプのものしかないよ」
 この世界にはボクサーパンツがないのだろうか。まばたいた爽太に向かって、テオがどこか意地悪そうに微笑む。
「それと、さっきまで爽太が履いてた下着は洗濯に出されたわけじゃないよ。今頃は中庭で燃やされてるはずさ」
「えっ、なんで?!」
「オサナゴが最初に身につけていた下着は燃やすことになってるんだ。オサナゴが元の世界へ戻ってしまわないようにね」

 不穏な響きを感じて爽太が下着を取り返そうとした時にはすでに遅く(なにしろすでに持ち去られたあとだった)、まだ窓の外も明るいうちから寝るのか、そういえば食事をしていないなぁなどと考えながらベッドに腰を下ろしたところまでしか記憶がない。
「寝ちゃったのか……」
 身を起こしてつぶやくと、となりでもぞりと動く気配がして「爽太、おはよ」とテオがくぐもった声を上げた。

 ところで、どうして自分はテオと同じベッドで寝ているのだろう。もしかすると、よくわからないうちにテオのベッドで寝てしまって、仕方なく共寝することになったのかもしれない。そう考えた爽太は、軽い気持ちでこう尋ねた。
「テオ、僕のベッドある? 今度からそっちで寝るよ」
「……お前のベッド?」
 ひどく奇妙な台詞を聞いたという表情を浮かべて、テオがふり返る。爽太と同じように下着一枚で寝ていた彼は、ベッドのそばに置いてあるイスの背から新しいワンピースを手にとって、まさに服を着ようとしていたところだった。
 自分の服もそのへんにあるのだろうとベッドのわきを見やりながら爽太は返事をする。
「うん」
「オサナゴがひとりで眠れるわけがないだろう」
 かすかに顔をしかめて、テオは言い放った。心なしか硬い口調で。
 ベッドの反対側にもイスが置いてあって、そこに爽太のものとおぼしきワンピースがかけてある(寝る前に着ていたのと同じ色だからという理由でそう判断した)。それを手にとり、爽太も少し顔をしかめて言い返す。
「まさか。いくら僕が子どもの外見をしてるからって、ひとりで寝れないほど子どもじゃないよ」
 それに中身はすでに大人だ。成人していて酒も飲める。
 しかし、テオは首をふった。
「オサナゴは自分が何者なのか知らないって、本当なんだな」
「……僕は僕だよ。ちがうの?」
「お前は俺のオサナゴだよ」
 すうっと手が伸びてきて、子どもになってしまった爽太の頭をなでた。黒い前髪が視界の上のほうでわしゃわしゃとうごめく。
 服を着たテオがかすかに目を細めた。爽太の頭をなでたせいか、開いた口から出てくる言葉もくだけている。
「オサナゴは主と一緒に寝るんだ。そういうもんだって昔から決まってる」
「寝づらくない? だって今まではテオも普通にひとりで寝てたんだろ」
 ふん、と鼻を鳴らして笑ったテオの空気は、すっかりやわらいでいた。
「オサナゴが見つかったっていうのに、ひとりで寝るほうがずっと落ち着かないよ」

 ふたりはどうやら昼寝をしていたらしく、窓の外は夕暮れの色に染まりつつあった。レースのカーテンがオレンジ色に光っている。
「お腹すいてない? もうすぐ食事の時間だから待ってね、爽太」
 テオが微笑んだその時、部屋の入口にひとりの男性が現れた。俺の従者のひとりだよ、とささやいてテオは「どうした?」と声をかける。従者はかしこまった様子で口を開いた。
「失礼いたします。殿下のオサナゴに、陛下のオサナゴがお会いしたいと……すぐそこまでいらして」
「思ったより早かったな……お通しして」
 従者はすぐに姿を消した。どうやら爽太と似た立場の誰かが、爽太に会いに来ているらしい。まばたいた爽太の頭をもう一度テオがなでる。
「今から国王陛下のオサナゴが、ここにいらっしゃるよ」
「えっ」
 陛下って、そういう意味か。
「ど、どうしよう。テオ、僕この国の礼儀作法知らない」
 それ以前に、この夢はいつになったら覚めるのだろう。まさか、ずっと夢の中?
 爽太は初めて焦燥を覚えた。そもそもこれは夢なのか。ずっと夢だと思っていたけれども、よく考えてみれば今の状況は小説や漫画でよく見かける「異世界に飛んでしまったファンタジー」そのものだ。まったく知らない世界、それなのに言葉が通じる、自分はその世界で特別な存在だとされている云々。
 うろたえた爽太を、国王のオサナゴに会う緊張のせいだと思ったのだろう。テオは笑った。
「大丈夫だよ。お前がオサナゴとして目覚めたばかりなのはあちらもご存じだし、もともとオサナゴは普通の人間とはちがうんだから」
「う……」
 軽い足音が聞こえてきて、部屋の入口に小さな人影が現れる。

 それは肩まで届く金髪に、灰色がかった青い瞳をきらめかせた男の子だった。白人のように見えるが、それにしては肌の色がいささか濃い。そういえば自分も少し肌の色が濃くなっている気がする、と爽太は思った。爽太に似た白い長袖のワンピースを着て、爽太と同じチョーカーを首につけている。
 国王陛下と言われて無意識のうちに年配の男性を想像していたが、オサナゴはどこまでいっても幼い子どもの姿をしているらしい。ただ、その瞳は子どもらしからぬ老成したものをたたえていた。
 テオが立ち上がって軽く頭を下げる。
「お久しぶりです、ケイナ様」
「久しいですね、殿下。とうとうオサナゴに見出されたと聞きました。おめでとうございます」
 金髪の少年も軽く頭を下げて、従者よりは多少なりともシンプルな敬語で言葉を返した。子どもの容姿をしていて、声変わり前の高い声なのに、話す中身は大人のものだ。その瞳がちらりと爽太をとらえる。
「……あちらが?」
「そうです。爽太といいます」
 テオに紹介されて、爽太はひとまずテオと同じように軽く頭を下げた。
 ケイナと呼ばれたオサナゴは、「しばらく彼とふたりきりでお話がしたいのです。よろしいですか、殿下」と尋ねたが、それは質問というよりも形式的に確認しているだけの台詞に聞こえた。