豊かな国の幼き子らよ 01

第一章 迷宮

 目を覚ますと知らない世界にいた。

 なんかこういうの、漫画や映画で見た気がする。
 爽太は何度かまばたいてみたが、目の前に広がる光景は変わらなかった。色とりどりの模様を描いた壁、やけに高い天井。温暖な空気。
 見慣れない部屋の中に大きなベッドがあって、爽太は起き上がったばかりだった。後ろをふり向くとレースのカーテンが下がっていて、奥にはガラス窓。明るい外の光がそこから差しこんでいる。他に光源はなかった。
 部屋には扉が見当たらず、かわりに扉のない、ぽっかりとあいた入口がひとつだけ。ここにもレースのカーテンが下がっていて、こちらは廊下から風が入ってくるのか、静かにゆらゆらとゆれている。
「えーと……」
 つぶやいた自分の声が耳に届く。これ、夢かな。やけにリアルな夢だけど。
 ひょいと見下ろせば、ベッドのシーツにも壁と似たような模様が施されている。それも金糸で。こんな設定の映画、見たことあったかな。この模様、確かペイズリー柄だっけ。
 しばらくぽかんとして座っていたのだが、誰かが来る様子もなく、特に物音も聞こえてこないので、爽太はとうとうベッドを離れて立ち上がった。よくわからないけど、この部屋を出て、外を探検してみよう。
 立ち上がった拍子に眺めた自分の体は、ほんの少し肌の色が濃くなっていて、だぼっとした白い長袖のワンピースを着ていた。足元まで隠れる丈のワンピースで、胸のあたりには金糸の刺繍がある。
「ワンピースなんて着たの、初めてだな。なんか足元がスースーする」
 つぶやいてから、爽太はそろりそろりと部屋を出た。

 はだしで歩いても平気なくらい、廊下の床はきれいに掃き清められていて、砂粒ひとつ落ちていなかった。靴も靴下も見当たらなかったので、爽太はぺたぺたとはだしのまま歩いていく。最初に廊下の角を曲がった時、思った以上に廊下が長くて、どこまでも続いていることに気づき、爽太は早々に元の部屋へ戻ることをあきらめた。迷子になるかもしれないけど、とりあえず行けるところまで行ってみよう。これは夢の中だから大丈夫。
 どうやら今の爽太は子どもになっているらしい。目線の高さが、かなり低かった。人間の記憶力ってすごいな、と他人事のように思う。子どもの自分が見ていた目線の高さなんて、とっくに忘れたと思っていたのに。
 それにしても。
「だ、誰もいないけど……そういう夢?」
 ぺたり、と爽太の足音だけが響く。廊下はどこまでも続いていて、さっき爽太が出てきた部屋と同じような部屋がいくつも並んでいた。どの部屋の入口にも扉はついておらず、中にはからっぽのベッドか、もしくは模様を彫りこんだテーブルや戸棚が置いてある。
「似たような部屋ばっかりで見分けがつかないよ」
 ため息をついてつぶやいたその時、爽太の耳が人の気配を拾った。誰かいる。それもひとりじゃなくて、何人も。
 気配がするほうへ向かって、爽太はぱたぱたと走っていった。

 走っていくうちに、だんだん人の声や足音が近づいてくる。次の角を曲がる時、爽太はあわてて立ち止まった。いきなり誰がいるかもわからないところへ飛び出すのは不安だ。そうっと廊下の角から顔を少し出して、様子をうかがった。
 四、五人の男性が廊下を歩いていた。ここからの距離は三部屋分ほど。どうやらこの世界では足元までの長さのワンピースが男性の標準的な衣装であるらしく、彼らも爽太と似たような格好をしている。ただし、ワンピースの色はベージュだったし、胸の刺繍も黒や赤だった。
 ふと、一番後ろに立つ男性が、うつむいていた顔を上げる。ひとりだけ白いワンピースを着た男性。ちょうど通りがかった部屋の入口から差す光が反射して、つややかな栗色の輝きを放った。
 爽太の心臓が跳ね上がる。
 栗色の髪も、褐色の瞳も、その顔立ちも、爽太にとってはよく見慣れたものだった。

 考えるよりも先に、隠れていた廊下の角から飛び出す。全力で駆けながら、爽太はその名前を呼んだ。
「テオ!」
 いつも彼に呼びかける時は英語で呼ぶのだが、なぜかその時の爽太は日本語の発音で呼んでいた。
 テオが驚いて目を見開く。他の男性たちはあわてて両手を広げ、駆け寄った爽太がテオに飛びつこうとするのを押しとどめた。勢いよく彼らにぶつかって、爽太は「わぷっ」とあえぐ。
「どこから来たんだ、この子は!」
「殿下、申し訳ございません。ご容赦を……」
 ベージュ色のワンピースを着た男性たちは、爽太がもがくのをどうにかおさえながら声を上げている。彼らが話しているのは日本語だった。自由を求めて暴れながら、やっぱり夢なんだなと爽太は思う。だって日本語しゃべってるし。
 それにしても今、殿下って言葉が聞こえたけど。殿下?
「……なんで」
 静かな声に、男性たちは動きを止めた。つられて爽太も動きを止め、自分を捕まえている男性たちの目線の先を追う。
 声を発したのはテオだった。男性たちに注視されながら、テオはあの見慣れた褐色の瞳で爽太をまじまじと見つめている。どこかよそよそしいのに、奇妙な熱を孕んだ目つきだった。
「なんでお前は、その名前を呼んだ?」
 あぁ、不思議な夢だ。テオがこんなになめらかな日本語を話すなんて。
 そんな感慨にふけって油断している爽太を、テオが男性たちから奪って抱き上げる。そういえば今の自分は子どもになってたんだよな、と思いながら、爽太はテオの奇妙な目つきを見返した。

 テオの周りに何人もの男性たちが来ては去る。何かがあわただしく動いているようなのだが、爽太にはさっぱりわからない。謎かけに似た言葉がいくつも爽太のわきを風のように通りすぎていった。
 テオは爽太を抱き上げたまま歩き出した。いくつもの角を曲がり、壁が途切れて中庭のような空間に出る。四角くて、吹き抜けになっていて、青い空が見えた。それ以外は何もない。その空間を通り抜けて再び屋根の下に入ると、さっきとは趣が変わる。壁の模様はさっきよりも細かくなり、ところどころに金色や銀色の輝きが見えた。こちらの部屋はもっと大きいらしく、入口と入口の間隔がさっきよりも広い。
 爽太は何度もテオに話しかけようと思ったのだが、結局は口をつぐみ、黙ってテオの首にしがみついていた。さっきの反応からして、テオは爽太のことを知らないようだったし、それなのに爽太に対して並々ならぬ関心を持っている。事情がまったくわからなくて不安だ。それにしても、いつになったら自分は夢から覚めるのだろう。子どもになってテオに抱っこされるというのは、なかなか面白い体験だけど。まるでテオが親戚のお兄ちゃんになったみたいだ。
 ふいにテオは、とある部屋の中へ入っていった。あとからついてきた男性たちは誰ひとりとして続こうとしなかった。テオがふり返って目配せすると、彼らは目礼して去ってしまう。
 部屋のレイアウトは、さっき爽太が出てきた部屋に似ていた。色とりどりの模様の壁と高い天井、ガラス窓とレースのカーテン、それから大きなベッドと金糸の刺繍のシーツ。ただし、壁もシーツも、さっきの部屋のものよりずっと模様が細かくて、手間がかかっているように思える。部屋自体も大きい。

 ふたりきりになって、ようやくテオが爽太をベッドに下ろしながら口を開いた。
「座って」
 どう考えてもそのまま座れという意味なので、爽太は恐る恐る下ろされたベッドの端っこに座りこんだ。すると、すぐとなりにテオも腰を下ろす。この距離感、普段は慣れてるんだけどな。爽太は落ち着かなくて手を握りしめた。自分のことを知らない、笑わない夢の中のテオと至近距離で座っているのは、どうにも緊張する。
「俺の質問に答えてくれる?」
 笑わないテオが、彫像のように整った顔で尋ねる。爽太は小さく「はい」と返事をしながらうなずいた。
「名前は?」
「爽太です」
「そうた……」
 テオは反芻するようにつぶやいて、次の質問を口にする。
「自分が何者なのか、爽太はわかっているのかな?」
 多分これは学生ですと答えるべきところではないのだろう。だって変な夢の中だし。自分も子どもになってしまっているし。だいたい今の自分が何歳なのかもわからない。爽太は少し考えてから首をふった。
「やっぱりそうか……」
 テオが目を細める。我慢できなくなって、爽太も尋ねた。思わず丁寧な口調になってしまう。
「あのう、何が『やっぱり』なんですか?」
「俺の真名を知っているのは、自分が何者なのかを知らない、選ばれた子どもだけだよ」
「まな?」
「俺の本当の名前」
 そう言って、テオは爽太の肩に手を置いた。
「テオって呼んだだろ、俺のこと」
「……テオじゃないの?」
「いや、合ってるよ」
 肩に置かれたテオの手が熱い。
「でも、俺はその名前を誰にも教えていない。王族の名前は人に明かすものじゃないからね」
 爽太はぽかんとまばたいた。
「王族? ……テオ、王様なの?」
「王様ではないなぁ」
 そう言ってテオは初めて笑った。
「俺は王様の子どもだよ。そのうちのひとり」
「テオ王子? あ、そうか。だからさっき殿下って呼ばれてたんだ」
「周りには水の王子と呼ばれてるけどね」
 するりとテオの手が肩から離れて、爽太のほおをつまむ。
「もう一度言うけど、俺の真名を知っているのは、爽太みたいに選ばれた子どもだけだから……爽太が呼んだ俺の真名を聞き取ることができたのも俺だけ。俺の真名を知っているのは俺と爽太だけなんだよ」
 突然のことにびっくりして爽太が反抗できないのをいいことに、テオはどことなく楽しそうな表情を浮かべて、爽太のほおをひっぱり、ひとしきり遊んでから指先でやさしくなでた。
「うーん、俺のオサナゴは黒髪か」
「……選ばれた子どもとかオサナゴとか、なんのこと?」
「どっちも爽太のことだよ」
 テオは爽太のほおから手を放し、ぱたりとひざの上に置いた。
「王族には必ず、ひとりひとりに天から与えられたオサナゴが存在する。その子たちは皆、自分が何者なのかを知らず、ある日突然、王宮の中に現れて、自分が仕える王族の真名を呼ぶんだ」
 ここは王宮なのか。それにしては、からっぽの部屋ばかりだったし、部屋には扉がないし、いささか不用心すぎないだろうか。
 爽太がそう伝えると、テオはまた微笑んだ。
「そのうちわかるよ。王宮はとてもとても広くて複雑な構造になっている。今の爽太がいる場所は迷宮の中なんだ。だからね、もう俺と離れちゃ駄目だよ。行方不明になっちゃう」
 爽太は小さくうなずきながら、ずいぶんと大げさな話になってきたなと思った。それにしても、なめらかな日本語を話すテオって新鮮だ。声は本物のテオと同じなのに。テオが日本人だったら、こんなふうに会話ができたのだろうか。

 しかし、爽太にはそれ以上ごちゃごちゃと考えている暇などなかった。おもむろにテオが手を伸ばして、どこから出したのか、金糸の刺繍がきらめく黒いチョーカーを爽太の首に巻いてしまったからだ。
「ちょっと、何これ」
 後ろへのけぞって逃げようとしたが、首に巻かれたチョーカーごと引き戻される。かちゃりと小さな音を立てて、それは爽太の首元に固定されてしまった。
「はーい、これで爽太は正式に俺のオサナゴだよ」
「待ってテオ、なんでこんなもの首につけたの?」
 チョーカーをつまんで文句を言えば、テオはどこかに書かれた文章を暗唱するような口調で、こう言った。
「自分が仕えるべき王族を見つけたオサナゴは、その王族の手によって首に契約の輪をつけることになっている。契約の輪によってオサナゴは自分の主(あるじ)につなぎとめられ、王宮の中で飼われる」
 途中から急に不穏な単語が混じり始めた。爽太は顔をしかめる。目の前のテオは、あまりにも自分がよく知っている現実のテオと同じ顔なので、だんだん警戒心が薄れてきた。吐き出すように問い返す。
「あるじ? 飼われる? ……はあ?」
「だって爽太に何かあったら大変だろ。厳重に保護しなきゃ。……オサナゴは不思議な能力があるんだ。主の心を癒やし、病を遠ざける。爽太にはこれからずっと俺のそばで、俺を支え続けるっていう大事な役目があるんだよ!」
 テオはそれまでの落ち着いた態度が嘘のように、ぱあっと破顔して爽太を抱きしめた。突然の変貌に爽太はついていけない。
「あーもう、ずっと待ってたんだよー! 俺のオサナゴ! これからよろしくね、爽太!」
「え、いや、あの、テオ……あの……えー……?」
 首にチョーカーをつけられ、丈の長いワンピース姿でベッドの上に座りこんで、テオに抱きしめられた爽太はただただ困惑していた。どうしよう。この夢、まだ終わりそうにない。それにしても本当にリアルな夢だな。体温まで感じ取れるし。
 ……これ、夢なんだよね?

 爽太は学生だった。そして、テオは爽太と同じ大学に通う留学生の知り合いだった。
 最初の出会いはよく覚えていない。おおかた誰かの家で鍋をした時に知り合ったのだと思う。テオは陽気で、ひどくスキンシップが好きな男だった。爽太はいつも、自分が女の子だったら完全にセクハラだろうなと思いながら、べたべたと親しげに抱きついたり肩に手を回したりするテオの相手をしていたものだ。やりすぎだと思ったら引きはがしたし、別にこの程度ならいいかなと思えば放置していた。

 他の人に聞いたところによれば、テオの母国では男女で別行動をとることが多く、友達と遊ぶ時も同性だけで集まるし、お見合いで義務的に結婚するから恋愛もあまり盛り上がらないということだった。その分、同性の友達とはいつも非常に親しくすごして、スキンシップも多くなるらしい。
「昔は他の国でも似たようなもんだったよ」と、爽太に教えてくれた文学部の知人は言ったものだ。
「たとえば『赤毛のアン』だって男女はあまり親しくなろうとしないし、一方で同性の仲がいい友達とは恋愛関係みたいになったりしてるだろ? 他の友達と仲良くしてるのを見て嫉妬したりさ。親友のダイアナが将来結婚したら悲しい、と言ってアンが号泣するシーンもあるんだよ」
 この場合、自分がダイアナで、テオはアンだろうかと爽太はどうでもいいことを思った。

 テオとの会話は基本的に英語だった。テオにとっても爽太にとっても英語は外国語だったので、そのほうが公平だったということもある。お互いに母国語ではない分、単純な文法で率直な言い回しをすることができて要求も伝えやすかった。ただ、ここは日本だったから、たまに日本語も混じっていたけれど。
 ふたりの仲の良さを「まるでゲイだな」と揶揄する心ない人もいたが、それをたしなめてくれる人のほうが多かったし、留学生たちはテオの母国の慣習を知っていたので何も言わなかった。

 しかし、テオが夢の中に出てきて、こんな世界観を語りだすなんて、なかなか壮大な設定だ。ひょっとすると自覚している以上に爽太はテオと仲良くしすぎたのかもしれない。テオが王族で、自分はその王族に……飼われる? なんだその設定は。どういう夢だ。

 目を覚ますと知らない世界の続きだった。
 だぼっとした白いワンピースを脱いで、下着一枚の姿になって爽太はベッドに横たわっている。そういえば「寝る時には服を脱ぐのが当たり前だろ」とテオに言われてワンピースを奪われたのだ。

 着替えの時に渡された新しい下着はトランクスに似ていて、ボクサー派の爽太は少々とまどった。
「トランクスタイプ、久しぶりに履いたよ。スースーするね」
 照れ隠しも含めて爽太がそんな感想をもらすと、テオは首をかしげた。
「爽太はたまに俺の知らない言葉を話すね。オサナゴは天の言葉を知っているのかな」
「下着の種類の話だよ。僕は今までずっと、もっとぴったりしたタイプを履いてたから」
 そう言って爽太は、自分がさっきまで履いていた古い下着を指し示そうとしたが、すでにそれはテオの従者の手によって持ち去られていた。
「あれ、ごめん……洗濯に持って行かれちゃったっぽい」
「ふうん。よくわからないけど、下着は今俺たちが履いてるタイプのものしかないよ」
 この世界にはボクサーパンツがないのだろうか。まばたいた爽太に向かって、テオがどこか意地悪そうに微笑む。
「それと、さっきまで爽太が履いてた下着は洗濯に出されたわけじゃないよ。今頃は中庭で燃やされてるはずさ」
「えっ、なんで?!」
「オサナゴが最初に身につけていた下着は燃やすことになってるんだ。オサナゴが元の世界へ戻ってしまわないようにね」

 不穏な響きを感じて爽太が下着を取り返そうとした時にはすでに遅く(なにしろすでに持ち去られたあとだった)、まだ窓の外も明るいうちから寝るのか、そういえば食事をしていないなぁなどと考えながらベッドに腰を下ろしたところまでしか記憶がない。
「寝ちゃったのか……」
 身を起こしてつぶやくと、となりでもぞりと動く気配がして「爽太、おはよ」とテオがくぐもった声を上げた。

 ところで、どうして自分はテオと同じベッドで寝ているのだろう。もしかすると、よくわからないうちにテオのベッドで寝てしまって、仕方なく共寝することになったのかもしれない。そう考えた爽太は、軽い気持ちでこう尋ねた。
「テオ、僕のベッドある? 今度からそっちで寝るよ」
「……お前のベッド?」
 ひどく奇妙な台詞を聞いたという表情を浮かべて、テオがふり返る。爽太と同じように下着一枚で寝ていた彼は、ベッドのそばに置いてあるイスの背から新しいワンピースを手にとって、まさに服を着ようとしていたところだった。
 自分の服もそのへんにあるのだろうとベッドのわきを見やりながら爽太は返事をする。
「うん」
「オサナゴがひとりで眠れるわけがないだろう」
 かすかに顔をしかめて、テオは言い放った。心なしか硬い口調で。
 ベッドの反対側にもイスが置いてあって、そこに爽太のものとおぼしきワンピースがかけてある(寝る前に着ていたのと同じ色だからという理由でそう判断した)。それを手にとり、爽太も少し顔をしかめて言い返す。
「まさか。いくら僕が子どもの外見をしてるからって、ひとりで寝れないほど子どもじゃないよ」
 それに中身はすでに大人だ。成人していて酒も飲める。
 しかし、テオは首をふった。
「オサナゴは自分が何者なのか知らないって、本当なんだな」
「……僕は僕だよ。ちがうの?」
「お前は俺のオサナゴだよ」
 すうっと手が伸びてきて、子どもになってしまった爽太の頭をなでた。黒い前髪が視界の上のほうでわしゃわしゃとうごめく。
 服を着たテオがかすかに目を細めた。爽太の頭をなでたせいか、開いた口から出てくる言葉もくだけている。
「オサナゴは主と一緒に寝るんだ。そういうもんだって昔から決まってる」
「寝づらくない? だって今まではテオも普通にひとりで寝てたんだろ」
 ふん、と鼻を鳴らして笑ったテオの空気は、すっかりやわらいでいた。
「オサナゴが見つかったっていうのに、ひとりで寝るほうがずっと落ち着かないよ」

 ふたりはどうやら昼寝をしていたらしく、窓の外は夕暮れの色に染まりつつあった。レースのカーテンがオレンジ色に光っている。
「お腹すいてない? もうすぐ食事の時間だから待ってね、爽太」
 テオが微笑んだその時、部屋の入口にひとりの男性が現れた。俺の従者のひとりだよ、とささやいてテオは「どうした?」と声をかける。従者はかしこまった様子で口を開いた。
「失礼いたします。殿下のオサナゴに、陛下のオサナゴがお会いしたいと……すぐそこまでいらして」
「思ったより早かったな……お通しして」
 従者はすぐに姿を消した。どうやら爽太と似た立場の誰かが、爽太に会いに来ているらしい。まばたいた爽太の頭をもう一度テオがなでる。
「今から国王陛下のオサナゴが、ここにいらっしゃるよ」
「えっ」
 陛下って、そういう意味か。
「ど、どうしよう。テオ、僕この国の礼儀作法知らない」
 それ以前に、この夢はいつになったら覚めるのだろう。まさか、ずっと夢の中?
 爽太は初めて焦燥を覚えた。そもそもこれは夢なのか。ずっと夢だと思っていたけれども、よく考えてみれば今の状況は小説や漫画でよく見かける「異世界に飛んでしまったファンタジー」そのものだ。まったく知らない世界、それなのに言葉が通じる、自分はその世界で特別な存在だとされている云々。
 うろたえた爽太を、国王のオサナゴに会う緊張のせいだと思ったのだろう。テオは笑った。
「大丈夫だよ。お前がオサナゴとして目覚めたばかりなのはあちらもご存じだし、もともとオサナゴは普通の人間とはちがうんだから」
「う……」
 軽い足音が聞こえてきて、部屋の入口に小さな人影が現れる。

 それは肩まで届く金髪に、灰色がかった青い瞳をきらめかせた男の子だった。白人のように見えるが、それにしては肌の色がいささか濃い。そういえば自分も少し肌の色が濃くなっている気がする、と爽太は思った。爽太に似た白い長袖のワンピースを着て、爽太と同じチョーカーを首につけている。
 国王陛下と言われて無意識のうちに年配の男性を想像していたが、オサナゴはどこまでいっても幼い子どもの姿をしているらしい。ただ、その瞳は子どもらしからぬ老成したものをたたえていた。
 テオが立ち上がって軽く頭を下げる。
「お久しぶりです、ケイナ様」
「久しいですね、殿下。とうとうオサナゴに見出されたと聞きました。おめでとうございます」
 金髪の少年も軽く頭を下げて、従者よりは多少なりともシンプルな敬語で言葉を返した。子どもの容姿をしていて、声変わり前の高い声なのに、話す中身は大人のものだ。その瞳がちらりと爽太をとらえる。
「……あちらが?」
「そうです。爽太といいます」
 テオに紹介されて、爽太はひとまずテオと同じように軽く頭を下げた。
 ケイナと呼ばれたオサナゴは、「しばらく彼とふたりきりでお話がしたいのです。よろしいですか、殿下」と尋ねたが、それは質問というよりも形式的に確認しているだけの台詞に聞こえた。

 爽太はケイナのあとについて、すぐとなりの部屋に入る。この部屋も扉がついていないので、その気になれば誰にでも物音や会話が筒抜けだろう。それを気にする様子もなく、ケイナはイスに腰を下ろした。
「爽太も座って」
「……失礼します……」
 どういう言葉遣いがふさわしいのか判断しかねて、ぎこちなく答える。向かい側に座った爽太を、ケイナはまじまじと見つめた。
「爽太、ここに来たばかりで右も左もわからないだろう」
「はい……」
 ふたりきりになったせいか、ケイナはくだけた言葉遣いで話し始める。
「私もこんな見た目だが、陛下のオサナゴだからな。殿下が生まれるよりも前にここへ来た。オサナゴの中では年を食っているほうだ。だからあなたのように新しいオサナゴが出てくるたび、しばらく面倒を見たりするんだよ。この国のことを教えたりだとか」
「……これ、やっぱり夢じゃなくて現実なんですか?」
 爽太の唇からこぼれた声は、思った以上に弱々しい響きをおびていた。ケイナが眉をひそめ、どこか悲しげな微笑みをかすかに浮かべる。
「夢じゃない。私たちは元の世界には戻れない」
「……そん、な」
「過去には元の世界に戻ったやつもいたみたいだな。この国には何百年も前からオサナゴが来ていたんだ」
 ケイナはまばたき、虚空を眺めた。
「だから迷宮の人間は皆、オサナゴの扱いに慣れてる。ここに来たオサナゴは最初、何が起こったのかわからなくて呆然としてるからね。そのあいだに元の世界へ戻れないような処置を施されるんだよ。下着、燃やされただろ」
「燃やされ、ました、けど……あれって本当にそういう意味だったんですか」
「そうだよ。あとは食事をすれば完璧だ。……って、まだ食べてなかったのか」
 あぁ、と軽くため息をついて、ケイナはうつむいた。あわてて爽太は尋ねる。
「食べなかったら大丈夫なんですか? 僕は元の世界に戻れる?」
「駄目だ。元の世界で身につけていた衣服がないと、戻る時の道しるべがない。……あきらめて食べろ」
「えー……」
 飛びつきかけたアイディアをたちまち取り上げられて、爽太ののどから哀れっぽい声がもれた。

 ケイナが着ているワンピースは、色も刺繍の柄も爽太のものとよく似ていた。ただひとつ決定的にちがうのは刺繍の量だ。袖にもたっぷりと金糸で刺繍がしてあって、袖口には絡み合う龍のような模様があしらわれている。その龍の頭を指先で丁寧になでながら、ケイナは言った。
「突然いろいろ言われて混乱しているだろうし、信じられないかもしれないが、これは現実だ。あなたは水の王子のオサナゴとしてこの世界に、この国に来てしまった。服も燃やされた今、元の世界に戻る手段はない。自分に起こったことを受け入れろ。この国でオサナゴとして生きるすべを覚えて、主を支えてすこやかに暮らせ」

 嘘だろ。

 そういえば、この世界では、テオをテオと呼ぶのは爽太だけで、他の人たちは皆彼のことを水の王子と呼ぶのだと、今さらそんなことを思い出した。

 ケイナが去ると、すぐにテオが入口へ顔をのぞかせた。この分では廊下で立ち聞きしていたとしても驚かないなと爽太はぼんやり思う。ケイナの話が飲みこめていくにつれ、爽太は自分が不気味な昔話の登場人物になってしまった気がした。
 友達と同じ顔をしたこの男は、爽太の友達のテオじゃない。
 彼はテオであってテオじゃない。
 彼は自分の手元に来たばかりのオサナゴが元の世界へ戻ってしまわないよう、チョーカーをつけて、着替えさせて、さらに今からこの世界の食事を与えようとしている。死者の国へ来た魂が、死者の国のものを食べて、二度と生き返れなくなったように。そういう神話を子どもの頃に読んだことがある。
「爽太! 早くおいで。食事にしよう」
 この世界のテオが微笑む。爽太はたじろいだ。
「……どうしても食べなきゃ駄目?」
「食べなきゃ死んじゃうよ、爽太。オサナゴだって生き物なんだから」
 部屋に入ってきたテオは、初めて会った時のようにひょいと爽太を抱き上げる。そうして有無を言わさず廊下へ出て、食事が用意してあるとおぼしき場所に向かって歩き始めた。
「テオ」
「うん?」
「オサナゴって、男ばっかりなの?」
 本当に聞きたいことのかわりに、どうでもいいことを尋ねる。テオが楽しそうに答えた。
「そんなことないよ。男の王族には男の子、女の王族には女の子のオサナゴがつくんだ。だから俺や陛下のオサナゴは男なのさ」
「ふーん……」
 廊下を歩く振動が静かに体をふるわせる。爽太を抱きかかえている温かな両腕に、ふと力がこもった。
「言っておくけどね爽太、オサナゴは結婚できないよ。子どもだってつくれない。女の子のオサナゴと仲良くなっても、それだけは忘れないように」
「……はあ? 何言ってんだよ」
 本当に知りたいのは、そんなことじゃない。
 元の世界に戻れないと言われた自分はどうすればいいのか、それが知りたい。
 うつむくと、チョーカーが首元でかさりと小さな音を立てた。まるで首輪のように。

 食事をする部屋は今までで一番広かったが、窓は一番小さかった。小さな間接照明がいくつか壁に取りつけられ、ほんのりと淡い光を放っている。どうやらこの世界には電気があるらしい。
 大きなテーブルには十個前後のイスが並んでいた。食事のしたくをしてあるのは、端っこの席だけだ。いわゆる誕生日席と呼ばれる席と、その左手側の席に、真っ白なお皿や銀色のカトラリーが用意されている。カトラリーの内訳はナイフやフォーク、スプーンだった。洋食だろうか。
 テオは誕生日席に腰を下ろしながら、「そこに座って」と爽太に指示を出した。言われるがまま、左手側の席に爽太も座る。ちょうどテオとはL字型になる配置だった。確かこれは真正面から顔を見ることもなく、かといって横並びで相手の顔が見づらくなることもない理想的な席順だ、と爽太はどこかで読んだ知識を呼び起こす。
 給仕の男性たちがするりと部屋へ入ってきて、ふたりの前に料理の皿を並べる。この世界へ来てから爽太は一度も女性の姿を見ていなかった。ここは王宮だと言っていたし、大奥や後宮やハーレムのように男女は分かれて暮らしているのかもしれない。
 冷菜、何かの肉を焼いたもの、野菜と白くてつるりとしたものを煮たスープが主な料理だった。白いものは餃子やマントウに似ている。お米やパンのようなものは見当たらなかったので、この国では主食の穀物を平たい団子状にしてスープで食べるようだった。
 透明な水をたたえたグラスを手にとって用心深くにおいをかいでみる。アルコールではないらしい。
「それは水だよ。果物のジュースがよかった?」
 おかしそうに笑ってテオが言う。爽太は首をふった。
「ううん、水がいい」
 今の自分は子どもの姿をしているし、それ以前にこんなよくわからない場所でアルコールを飲む気にはなれなかった。飲めるかどうかはともかく。

 テオはスープのボウルのお玉を手にとり、自分のボウルによそい始めた。給仕は部屋のすみっこにひとりだけ控えている。取り皿にとるのは自分でやっていいんだな、と爽太はどこか不思議な気持ちでそれを眺めた。テオは王族らしいし、てっきり高級レストランのように給仕がなんでもやってしまうのかと思ったのだが。
「遠慮せずにいくらでも食べて、爽太。嫌いなものはない?」
「大丈夫……」
 トングで肉や冷菜をつかみ、自分の皿へ盛りつける。いつのまにかテオがじっと爽太の動きを見つめていた。フォークを手にした爽太が、それを食べ物に突き刺して口へ運ぶのを、今か今かと待っている目つき。
 これを食べたら元の世界に戻れなくなるなんて。
 信じたくなかった。今だって心のどこかでは誰かに嘘だと言ってほしくてたまらない。でも、爽太の事情を多少なりとも知っているのはケイナだけだったし、当のケイナには「もう戻れないからあきらめて食事をしろ」と言われてしまった。それを思い出すと、フォークを持ち上げる手から力が抜ける。
 でも食べなかったところで、どうなるっていうんだ。
 香ばしい肉のにおいをかいだ。急にお腹がすいてくる。今これを食べずに我慢したって、明日もあさってもずっと同じ日々が続いていくのなら、この夢にしか思えない世界から抜け出せないのなら、どうしようもないじゃないか。
 肉を口に運ぶ。肉にかかったソースがほんのり甘酸っぱい。びっくりするほどの旨味が口の中に広がって、爽太は初めて自分がとてもお腹をすかせていたことに気づいた。無言で咀嚼して、最初のひとくちを飲みこむ。
 ちらりと右手側を見やると、テオが満足そうに微笑んでいた。
「爽太、おいしい?」
「うん……」
「スープもおいしいよ。よそってあげようか」
「……じゃあお願いします」
 抵抗するのが面倒になってそう答えると、テオはいそいそと爽太のボウルを手にした。まるで子どもの世話を焼きたくて仕方がないお母さんみたいに。

 オサナゴはこの国の言葉がわかるのだ、と教えてくれたのはケイナだった。
 どういう仕組みかはわからないが、オサナゴはこの国の言葉を、元の世界で使っていた母国語と同じように感じるのだという。だから会話は何の問題もない。確かに爽太にとって、ここの人々の会話は日本語で聞こえた。だからこそ夢を見ているのだと思ったのだが。
「文字も問題ない。しばらくじっと見つめていれば、自然と読めるようになる。今度試してみろ」
 そう言われていたのを思い出したのは、爽太がテオに連れられて(今度は抱き上げられずに済んだ)部屋に戻ってきた時だった。爽太のワンピースと同じような刺繍をあしらった白いハンカチが、ベッドのわきのイスに置いてあったのだ。
「あれ? 何これ」
「陛下のオサナゴからの贈り物だよ。さっき従者が持ってきた」
 テオに言われて、ハンカチを手にとる。金糸の美しい模様とともに、黒い糸で何やら文字のようなものが縫いこまれていることに気づいた。なんだろう、これ。アルファベットに似ているような……。
 じっと見ていた爽太の視界に、ふと変化が起こる。黒い糸の刺繍はぐんにゃりと形を変えて、そこに日本語の文字が表れたのだ。

 豊かな国の幼き子らよ
 我らが祖国の繁栄に
 恵みをもたらす小さき者よ
 我らが王の礎となれ

「え?」
 小さく叫んで思わず顔を上げる。テオが不思議そうに爽太をふり返った。「なんでもない」と答えて再びハンカチに視線を戻すと、黒い糸の刺繍は相変わらず読めない文字をつづっていた。しかし、じっと見つめていれば、やがてそれはゆがんで日本語の文字に姿を変える。
 こういう仕組みか。
 でも、この詩はいったいなんだろう。
「……テオ、ハンカチに詩みたいなものが書いてあったんだけど、これ知ってる?」
 悩むよりも聞いたほうが早いと考えて、爽太はテオに尋ねた。近づいてきてハンカチをのぞきこんだテオは、こともなげに答える。
「あぁ、これ、オサナゴの詩だよ」
「何それ」
「オサナゴに呼びかける詩。お祈りみたいなものかな。陛下の即位式では必ず詠唱するんだ」
 普段、オサナゴは王族とともに迷宮へ隠されて人前に出てこないが、国王の即位式の時だけは式典に顔を出すのだとテオは教えてくれた。詩の一行目を指差して、テオが微笑む。
「『豊かな国の幼き子』ってオサナゴのことだよ。オサナゴは天にある豊かな国からやってくると言われているからね」
「ふーん……」
 自分は二十一世紀初頭の日本から来た。確かに豊かな国だ。きっと貧困や紛争にあえいでいる国の人間は、この世界へ来ることがなかったんだろうな、と爽太は思った。

 レースのカーテンの外はすでに暗い。
 ベッドの足元に隠されていた間接照明が、夜の部屋をやわらかく照らしていた。天井の蛍光灯やLED電球が室内を真っ白に照らし出す現代日本の住宅事情に慣れた爽太にとっては、いささか薄暗く感じられるのだが、電気があるだけマシだと思うことにする。
 これからは、この部屋が爽太の(そしてテオの)寝室になるのだと言われて案内された部屋は、奥のほうでとなりの部屋とつながっていた。ただし、となりの部屋とつながっている入口にも扉はない。
 この迷宮だか王宮だかには、基本的に扉というものが存在しないらしい。爽太が初めて目を覚ました部屋には扉のかわりにレースのカーテンが入口にかかっていたものの、そういうカーテンすらついていない入口が多い。どの部屋の入口にも扉はなくて、前を通りかかった人間は簡単に中をのぞきこめる。さっきトイレに行った時、初めて扉がついているのを見かけたくらいだった(トイレにはペイズリー柄のタイルが敷きつめてあり、元の世界で見慣れた水洗式の便器が爽太を迎えてくれた)。

「となりの部屋は、爽太の部屋だよ」
 テオと一緒にとなりの部屋へ入ってみたが、大人の腰までの高さ(爽太にとっては肩までの高さ)の戸棚とイスと小さなテーブルがある程度だった。とりあえず戸棚の上に、詩がつづられたハンカチを置いておく。この部屋には廊下につながる入口がなくて、外に出ようとしたらいったん寝室を通る必要があった。寝室はテオと同じなので、扉を閉めきって完全に自分ひとりになれる空間というのは(トイレ以外には)なさそうだ。テオが部屋の入口からのぞきこまなければ、プライバシーも保てるのだが。

「明日から少しずつ、爽太にオサナゴの仕事を覚えてもらうんだけど、そんなに難しいことはないよ」
 服を脱ぎながらテオが言う。
「まずはこの環境に慣れてもらうほうが先だしね。とりあえず、爽太はずっと俺と一緒にいればいいから」
「あ、うん……」
 あまり汗をかいていないから耐えろと言われれば耐えられるけれども、お風呂には入れないのだろうか。そう思いながら爽太も服を脱ぐ。考えを見透かしたかのように「明日は夕食の前にお風呂があるからね」とテオが言った。
「お風呂、毎日じゃないんだ」
「二日に一度だよ。いつも夕食の前だから覚えてて。お風呂がある日は、昼寝の時間も短くなる」
「わかった」
 昼寝は毎日するのか。お風呂よりも優先度の高い習慣らしい。
 まだ慣れないなぁと思いながら、爽太はテオに背を向けて下着を履き替える。新しい下着はベッドのわきのイスに置いてあった。服は従者がここに用意してくれるのだという。イスの下には布製の靴が置いてあった。靴紐はなく、目立つところにワンピースと似たような金糸の刺繍がきらめいていた。明日からはこれを履けということらしい。サイズが合うといいのだが。
 裸をさらすのが照れくさくて、下着一枚の姿でそそくさとベッドへ上がり、金糸の刺繍がきらめくシーツの中にもぐりこむ。すぐにシーツをめくって、となりにテオがやってきた。
「新しいことばかりで疲れただろ、爽太」
 枕元にテオが指をふれると、間接照明が消えて部屋は闇に包まれた。
「うん、そうだね……疲れた気がする」
「ぐっすりおやすみ」
「……おやすみ」
 ほどなく、規則正しいテオの寝息が爽太の耳に届いた。

 夢を見ているのだと思ったのに、夢は終わる気配がなかった。どころか、これはまぎれもない現実なのだという感覚がどんどん強まっていく。
 元の世界に戻れないって、これからはオサナゴとして生きていけって、どういう意味だよ。
 ケイナとの会話を思い出し、爽太は眉間にしわを寄せた。テオに聞こえないよう、小さくため息をついて目を閉じる。
 明日からどんな日々が待っているのか、今は知るよしもなかった。

[第一章 完]

作品情報

2017年8月6日の朝に見た夢です。きっと少し前に読んだ漫画の影響。
続きが気になるところで目を覚ましてしまった…。仕方がないから自分で書いた。オチがどうなるのかわからない(いつものことだけど)