豊かな国の幼き子らよ 01

第一章 迷宮(1)

 目を覚ますと知らない世界にいた。

 なんかこういうの、漫画や映画で見た気がする。
 爽太は何度かまばたいてみたが、目の前に広がる光景は変わらなかった。色とりどりの模様を描いた壁、やけに高い天井。温暖な空気。
 見慣れない部屋の中に大きなベッドがあって、爽太は起き上がったばかりだった。後ろをふり向くとレースのカーテンが下がっていて、奥にはガラス窓。明るい外の光がそこから差しこんでいる。他に光源はなかった。
 部屋には扉が見当たらず、かわりに扉のない、ぽっかりとあいた入口がひとつだけ。ここにもレースのカーテンが下がっていて、こちらは廊下から風が入ってくるのか、静かにゆらゆらとゆれている。
「えーと……」
 つぶやいた自分の声が耳に届く。これ、夢かな。やけにリアルな夢だけど。
 ひょいと見下ろせば、ベッドのシーツにも壁と似たような模様が施されている。それも金糸で。こんな設定の映画、見たことあったかな。この模様、確かペイズリー柄だっけ。
 しばらくぽかんとして座っていたのだが、誰かが来る様子もなく、特に物音も聞こえてこないので、爽太はとうとうベッドを離れて立ち上がった。よくわからないけど、この部屋を出て、外を探検してみよう。
 立ち上がった拍子に眺めた自分の体は、ほんの少し肌の色が濃くなっていて、だぼっとした白い長袖のワンピースを着ていた。足元まで隠れる丈のワンピースで、胸のあたりには金糸の刺繍がある。
「ワンピースなんて着たの、初めてだな。なんか足元がスースーする」
 つぶやいてから、爽太はそろりそろりと部屋を出た。

 はだしで歩いても平気なくらい、廊下の床はきれいに掃き清められていて、砂粒ひとつ落ちていなかった。靴も靴下も見当たらなかったので、爽太はぺたぺたとはだしのまま歩いていく。最初に廊下の角を曲がった時、思った以上に廊下が長くて、どこまでも続いていることに気づき、爽太は早々に元の部屋へ戻ることをあきらめた。迷子になるかもしれないけど、とりあえず行けるところまで行ってみよう。これは夢の中だから大丈夫。
 どうやら今の爽太は子どもになっているらしい。目線の高さが、かなり低かった。人間の記憶力ってすごいな、と他人事のように思う。子どもの自分が見ていた目線の高さなんて、とっくに忘れたと思っていたのに。
 それにしても。
「だ、誰もいないけど……そういう夢?」
 ぺたり、と爽太の足音だけが響く。廊下はどこまでも続いていて、さっき爽太が出てきた部屋と同じような部屋がいくつも並んでいた。どの部屋の入口にも扉はついておらず、中にはからっぽのベッドか、もしくは模様を彫りこんだテーブルや戸棚が置いてある。
「似たような部屋ばっかりで見分けがつかないよ」
 ため息をついてつぶやいたその時、爽太の耳が人の気配を拾った。誰かいる。それもひとりじゃなくて、何人も。
 気配がするほうへ向かって、爽太はぱたぱたと走っていった。

 走っていくうちに、だんだん人の声や足音が近づいてくる。次の角を曲がる時、爽太はあわてて立ち止まった。いきなり誰がいるかもわからないところへ飛び出すのは不安だ。そうっと廊下の角から顔を少し出して、様子をうかがった。
 四、五人の男性が廊下を歩いていた。ここからの距離は三部屋分ほど。どうやらこの世界では足元までの長さのワンピースが男性の標準的な衣装であるらしく、彼らも爽太と似たような格好をしている。ただし、ワンピースの色はベージュだったし、胸の刺繍も黒や赤だった。
 ふと、一番後ろに立つ男性が、うつむいていた顔を上げる。ひとりだけ白いワンピースを着た男性。ちょうど通りがかった部屋の入口から差す光が反射して、つややかな栗色の輝きを放った。
 爽太の心臓が跳ね上がる。
 栗色の髪も、褐色の瞳も、その顔立ちも、爽太にとってはよく見慣れたものだった。

 考えるよりも先に、隠れていた廊下の角から飛び出す。全力で駆けながら、爽太はその名前を呼んだ。
「テオ!」
 いつも彼に呼びかける時は英語で呼ぶのだが、なぜかその時の爽太は日本語の発音で呼んでいた。
 テオが驚いて目を見開く。他の男性たちはあわてて両手を広げ、駆け寄った爽太がテオに飛びつこうとするのを押しとどめた。勢いよく彼らにぶつかって、爽太は「わぷっ」とあえぐ。
「どこから来たんだ、この子は!」
「殿下、申し訳ございません。ご容赦を……」
 ベージュ色のワンピースを着た男性たちは、爽太がもがくのをどうにかおさえながら声を上げている。彼らが話しているのは日本語だった。自由を求めて暴れながら、やっぱり夢なんだなと爽太は思う。だって日本語しゃべってるし。
 それにしても今、殿下って言葉が聞こえたけど。殿下?
「……なんで」
 静かな声に、男性たちは動きを止めた。つられて爽太も動きを止め、自分を捕まえている男性たちの目線の先を追う。
 声を発したのはテオだった。男性たちに注視されながら、テオはあの見慣れた褐色の瞳で爽太をまじまじと見つめている。どこかよそよそしいのに、奇妙な熱を孕んだ目つきだった。
「なんでお前は、その名前を呼んだ?」
 あぁ、不思議な夢だ。テオがこんなになめらかな日本語を話すなんて。
 そんな感慨にふけって油断している爽太を、テオが男性たちから奪って抱き上げる。そういえば今の自分は子どもになってたんだよな、と思いながら、爽太はテオの奇妙な目つきを見返した。

作品情報

2017年8月6日の朝に見た夢です。きっと少し前に読んだ漫画の影響。
続きが気になるところで目を覚ましてしまった…。仕方がないから自分で書いた。オチがどうなるのかわからない(いつものことだけど)