矍鑠たる木曜日

 木曜日、きれいにワックスをかけた明るいフローリングの床の上で、私たちは練習着を着て、背筋を伸ばして立っている。

 先生は「矍鑠とした」という表現のために存在しているような人だった。若くはない。どころか孫がいてもおかしくない年齢らしい。ただ、私の祖母とは似ても似つかない(先生は女性だった)。年寄りじみたところが全然ないのだ。
 先生はいつだってぴしりと背筋を正し、レッスンのあいだは一度たりとも腰を下ろさず、立ったまま手を叩き、タンバリンを叩き、指示を出し、子どもたちに目を配っている。厳しいけれども理不尽なことは言わない。髪は染めているのだろう。
 母は「あの先生は華族の出身らしい」と言っていた。小学校で習った昔の身分だ。貴族だった人々が、明治維新のあとで華族になった。それはそうだろう。あの世代の女性で、若い頃からヨーロッパ由来のダンスを習い、教室を開けるだけの経済的な余裕がある家なんて珍しい。先生は戦時中、おいくつだったのだろう。

 先生は、たまにダンス以外のお話をする。
 その日のレッスンが終わったあとで、先生を一心に見つめる小中学生の私たちの顔を見渡しながら、先生は口を開いた。
「人を殺すのはよくないことです」
 そうだよな、と私は思う。身につけた練習着は汗を吸って少し湿っている。
「でも、自分を殺すのは、もっとよくないことです」
 先生は厳しい顔で、静かにそう言った。
 きれいにワックスをかけたフローリングの床が、白い照明を反射して明るく光る。
 子どもがいじめの被害に苦しんで自殺して、社会問題になっていた頃だった。

 私がひそかに自殺を試みて、ひそかに失敗し、何事もなかった顔をして生きていた頃のことだ。 
 私はまだ小学生だった。

 私はそのレッスンが嫌いだった。
 レッスンを習いたがっていたのは私よりも母のほうだった。母が子どもの頃にできなかった夢を、私がかわりに踊っている。見学に行こうと母に言われて、見学のあとで先生に「どう? やりたい?」と聞かれて、私は母の望みどおりに「うん」と答えてしまった。どれだけ後悔したことだろう。私が何千回となくレッスンに行くのを嫌がるたび、母は言ったものだ。お前が習いたいと言ったのではないかと。

 レッスンは嫌いだったが、先生のことは嫌いではなかった。

 先生は「矍鑠とした」という表現を体現している人だった。
 厳しかったが、人にはやさしかった。子どものことも大好きだった。先生に子どもがいたかどうかは知らない。一度も聞いたことがないので、もしかすると子どもはいなかったのかもしれない。

 海外の児童文学を読むのが好きだった私は、日本とは異なる国の景色や風習にあこがれた。物語に出てくる子どもたちの真似をしてみることもあった。
 その真似ごとのひとつで、切手を集めていた時期があった。封筒から切手の貼ってある部分を切り離して濡らし、そうっと紙から切手をはがす。濡れた切手は下敷きや鏡に貼りつけて乾かし、母が買ってくれた切手帳におさめる。

 ある日、私を迎えにきた母が、先生に私の切手集めの話をしたらしい。
 厳しいけれどもやさしくて子ども思いの先生は、なんと自分の家に届く大量の郵便物から切手の部分を切り離して、たくさん箱に集めたものを私にくれたのだった。
 見たこともない切手、珍しい切手も含まれていて、喜びながらもびっくりしたものだ。厳しい先生が、ここまでしてくれるなんて思わなかったから。
 子どもの頃の私は、あの忙しい先生がわざわざ切手を集めてくれたという、その手間の恐ろしさに気づきもしなかった。

 人を殺すのがいけないことだなんて、誰でも知っていることだと思っていた。
 でも、自分を殺すのがもっといけないことです、なんて言われたのは、あれが初めてだった。
 というよりも私は、あの先生以外に、そんなことをはっきりと言い切る大人に出会ったことがない。
 出会わないまま、自分でも言い切れないまま、大人になってしまった。

 先生はもうこの世にいない。
 私があの教室をやめてから何年たったのかもわからないが、ある日、先生の訃報が届いた。
 家の固定電話が鳴り、それをとった母が「先生、亡くならはったんやって」と目を見開いて私に告げた。あの教室に通っていた頃の、大昔の連絡網が生きていたのだろうか。

 今のところ、私は(多分)誰も殺さず、自分も殺さず、どうにか生きている。
 歳月が流れるたびに、子どもの頃の記憶はどんどん消えていって、先生に教わったことも、先生が言っていたことも、ほとんど忘れてしまった。
 人を殺すことはよくないことです、でも自分を殺すのはもっとよくないことです。そう言われたことは、いまだに覚えているけれど。

 人は死ぬ。
 子どもの頃はどこか霧の向こうにあった景色が、次第にくっきりとした輪郭をとって目の前に現れ、死は身近になる。
 初めて自殺しようとした時よりも今のほうがずっと、たくさんの死に方を知っている。たくさんの人の死を見ている。死のうとして生き残った人を知っている。何度も喪服を着て、数珠を握りしめ、経を読んだ。

 ふと何気なく、死んだ人のことを思い出して、時が止まる。
 人を殺すことよりも自分を殺すことのほうが罪深いのはなぜなのか、その問いに答えてくれる先生はもうこの世にいない。

 先生のことを思い出すたび、あの木曜日の断片が、きれいにワックスをかけたフローリングの床の輝きが、ただ目の前に広がる。