王様と少年

 昔、あるところに、ひとりの王様がいました。
 王様はまだ結婚していませんでしたが、いずれはしかるべきところから王妃をもらうつもりでおりました。
 度をすぎた女遊びをすることもなく、もちろん男を愛するような真似もせず、普通の王様として国を守り、政務をこなしながら暮らしていました。
 しかしある日、王様は普通ではないもの、何より愛しいものを拾ってしまったのです。

***

 その日、王様が拾ったのは、ひとりの少年だった。
 王様は商家のご隠居に変装して、お忍びで街を歩いていた。市井の人々の声を聞き、街で売られているものを眺め、たくさんの課題を見つけた王様は、そろそろ城に戻ろうと思い、大通りの方へと顔を向けた。
 そして、夕暮れの街角に立っている少年を見つけた。

 少年は十五歳くらいに見えたが、とても不思議な外見をしていた。一見すると商人か職人の息子のようで、顔だちの整った普通の人間に見えたのだが、きらりきらりと宝石のような冷たい輝きが、顔や体のあちこちに見えるのだった。
 人の姿に重なるようにして、夕日の光に硬い輝きがきらめく。きらりきらり。
 王様が驚いて数秒ほど見つめていると、それに気づいた少年がふり返る。
 美しい夕闇の中で、重なるように現れては消える色とりどりの輝きを放ちながら、少年は王様を見返した。

 王様は少年から目を離せず、商家の下男に変装していた従者に尋ねた。
「おお、あれは何者であろう」
「わたくしにもわかりません。しかし、なんと美しく恐ろしいものでしょう! あれは人間なのでしょうか」
 従者も少しおびえた様子でそう答えた。
 王様は意を決して、少年に近づいていった。従者は息をのみ、隠し持った武器に手をやりながら、急いでついてきた。
「これ、そこの少年よ。そなたはどこの、なんという者だね」
 少年の目の前に立った王様は、なるべく冷静になるよう努めながら、名前や家を尋ねた。しかし、少年は何も言わなかった。王様に続いて、従者もなるべくおだやかな声でやさしく尋ねたのだが、やはり答えは返ってこなかった。
 かわりに、沈黙している少年の全身から、きらりきらりと色とりどりの光がまたたきを返した。
「そなた、もしや、言葉が話せないのではないか」
 王様がつぶやくと、少年は黙ったまま、かすかに微笑むような顔で、王様を見つめた。
「どうやら話せないようだな」
「言葉が話せない者は、身ぶり手ぶりで自分の言葉を伝えようとするものですが……」
「何も話したくないのかもしれん」
 王様と従者のやりとりを見ながら、やはり少年は黙って、かすかに微笑んでいた。
 少し困った王様は、質問を変えた。
「そなた、私と一緒に、城へ来る気はないか」
 少年は初めて、微笑む以外の動きを見せた。王様を見つめたまま、はっきりとうなずいたのだ。

 城へ帰った王様は、少年を自分と同じ食卓につかせた。城の中でも、少年は色とりどりの光を放ち、目にした人々をことごとく驚かせた。
「なんと不思議な少年であろう。城へ来るかと尋ねたら、うなずいたのだが、他には何も言わないのだ。彼には、私と同じ食事を出してやってくれんか」
 しかし、食卓についた少年は、何も食べようとしなかった。飲み物にすら手をつけない。
 用心深い従者のすすめで、少し離れて座っていた王様は、自分の食事そっちのけで、何度となく話しかけた。
「遠慮はいらんのだぞ。どれでも好きなものを食べるがよい」
「そなた、鴨肉は好きではないかね」
「せめて何か飲んだ方がいいのではないかな」
 そのたびに少年は、かすかに微笑んで王様を見返すのだが、すぐにどこかへ目をそらしてしまった。そのたびに宝石のような輝きが、きらりと少年の横顔をよぎる。
「そなた、その体は、どうしてそんな風に輝いているのだね。そなたはどこぞの山から下りてきた魔物なのか」
 王様は一番気になることを尋ねたが、やはり少年は少し微笑むだけだった。

 従者や侍女は反対したが、王様は少年を自分の寝室へ連れていった。不思議な輝きを放ち、一言も話さない少年は、少し目を離したすきにどこかへ消えてしまいそうに思えたのだ。城へ来た時と同じように、少年は抵抗するふうもなく、王様のあとをついてきた。
 王様の広大な寝室は、いくつもの部屋に分かれていて、それぞれに豪華な寝台が置いてあった。その中から、大人の男がふたり横たわっても広々と眠れるような大きさの寝台を選んだ王様は、少年にこう言った。
「どれか小さな寝台を与えようかと思ったが、恐ろしくて目が離せんな。侍従は怒るだろうが、そなた、私と同じ寝台でやすむがよい」

 小さな明かりひとつを残して寝室が暗くなると、少年は王様が指し示す寝台にやって来て、おとなしく座った。彼の様子をうかがいながら、緊張した王様が寝台に横たわってみせると、少年も同じように横たわり、王様と目を合わせた。
 明かりを落とした寝室で、少年の輝きはまぶしさをひそめ、ただ美しい光がいつまでもちらついている。王様は思わず手を伸ばして、少年の顔にふれてみた。少年は何も言わなかったが、彼の周りでちらつく光が、まるで吹きかけた息に舞い上がる鱗粉のように、きらきらと散っていった。
 王様はなかば夢見心地で、少年をそっと抱き寄せてみた。少年の吐息までもが、日差しを浴びた雪のようにちらちらと散りばめられた輝きを放つので、王様はすっかり幻惑されてしまい、自分が何をしているのか、よくわからなくなってしまった。

 翌朝、王様は自分でも信じられないほど幸福な気持ちで目を覚ました。なんだかとても愛おしい何かの夢を見ていた気がする。そう思いながら横を見ると、朝日にふんわりと照らされた寝室の中で、少年の周りをやわらかな金色のきらめきが取り巻いていた。
 となりにいる少年は、まだ目を覚ましていなかった。眠っているあいだも、光が差しこんだ万華鏡のように色とりどりの輝きの断片を身にまとっている。王様は次第に、この少年は人間ではなく、どこか他の魔法めいた世界からやって来たのではないかと思い始めた。王家に生まれた者のならいとして、彼はこの国のありとあらゆる伝説や昔話を聞いて育ったが、この少年のような姿をした人間や生き物の話は聞いたことがなかった。

 ほどなくして、少年も目覚めた。
「おはよう。よく眠れたかい」
 王様が声をかけても、やはり少年は何も言わなかった。どころか彼は王様に気づかない様子で起き上がるなり、軽快な足取りで寝室の中をくまなく見てまわった。窓にかけられたカーテンをひとつひとつめくっては外を眺め、寝台や調度品にそっと手をふれて、あるいは息を吹きかけた。王様はゆっくりと彼のあとをついてまわり、次に起こるだろう何かを待っていた。
 寝室の中にあるすべての部屋を見てまわった少年は、するりと扉を押して外へ出ていってしまった。王様が少し歩を早めて追いかけると、彼は廊下をすいすいと歩いていき、窓があるところまで出ていった。そして、しっかりとカギのかかっている窓を簡単に開けてしまうと、猫のような身のこなしで窓枠の上にひらりと飛び乗った。王様が声を上げるよりも早く、少年は次の瞬間、飛び降りた。
 王様はあわてて駆け寄り、窓の外をのぞきこんだ。窓の下には、日の光の中で燦然と輝くきらめきをまとった少年が立っている。高いところから飛び降りたというのに、彼はぴんぴんした様子で、あたりを見渡していた。そのままどこかへ立ち去ってしまうつもりだ、と王様は気づいた。
「これ、誰か、誰かおらんか!」
 王様は窓の外に向かって叫んだ。
「そこの少年を捕まえよ。くれぐれも手荒な真似をするでないぞ」

 ほどなく衛兵に捕まった少年は、王様の前に連れてこられた。少年は怒りもせず泣きもせず、きょとんとした顔つきで王様を見つめた。
「何が起こったのか、わからんようだな」
 王様がつぶやくと、少年はかすかに微笑んだ。だが、それだけだった。
 寝室に戻った王様は、長い長い鎖と足枷を持ってくるよう、衛兵に命じた。そして、その鎖と足枷で少年の左足首を寝台につなぎ、侍女を呼んだ。
「今日はここで朝食をとる。この少年の分も運んでくるように」
 少年の鎖を見た侍女が、驚いた顔を隠すように伏せて寝室から出ていくと、王様は少年にこう言った。
「そなたは私のそばにいておくれ。どこかよそへ逃げられては困るのだ。そなたのように不思議で、美しくて、心をかき乱すものと、私は出会ったことがないのだよ」

 少年は侍女の運んだ食事に手をつけなかった。まったく飲み食いをせず、ひとこともしゃべらず、寝台から長く伸びた鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら、何事もなかったかのように寝室の中を歩きまわっていた。
 王様は医者を呼び寄せて、少年の体を調べるように命じた。きらめきを放つ少年に驚きの声を上げた医者は、しばらくのあいだ熱心に彼の体を調べ、やがてこう答えた。
「これは人間ではありませんな」
「どこぞの魔物であろうか」
「魔物であるならば、わたくしの手には負えませぬ」
 大きくため息をついて、医者は眼鏡をはずし、袖口で汚れをぬぐった。
「この少年は人間にそっくりの外見をしておりますし、人間にそっくりの体温も持っております。ですが、心臓は動いておらぬのです。血の流れる音は、どこからも聞こえませんな」
 王様は、窓からの光を反射してきらめく鎖よりも、さらに美しく繊細な光をきらきらとまき散らす少年を眺めた。
「あの、少年の周りにきらきらしている光は、何であろう」
「皆目わかりませんな」
 少年の正体がまったくわからないままだったので、王様は医者を下がらせて、いったん政務のために寝室を離れた。

 夜になって政務を終えた王様は、少年を食事の間へと連れてこさせた。ひとりの衛兵が少年の鎖の端を持ち、もうひとりの衛兵が少年の横に立って、どこかへふらりと逃げてしまわないように見張りながら連れてきた。少年は抵抗せずに、黙っておとなしく歩いてきた。
「そなた、血が流れていないそうだな」
 少年を目の前に座らせて、ナプキンを広げながら王様は話しかける。
「だから何も食べないのかね。そなたの分も用意させたのだが」
 王様は少年と一緒に食事をとろうと試みたが、やはり少年は何も口にしなかった。王様の言葉に何かを答えることもなく、宝石のような光を放ちながら、時折かすかに微笑みを浮かべ、静かに座っていた。
 食事を終えた王様は、衛兵に鎖の端を持たせて、少年とともに寝室へ戻った。少年の鎖を再び寝台につなぎ、衛兵を下がらせると、王様はほおづえをついて少年を眺めた。彼は王様の視線を気にするそぶりもなく、じゃらじゃらと鎖を鳴らしながら、きらりきらりと光を散らしながら、飽きもせず寝室の中を歩きまわっていた。
「こちらにおいで」
 王様が呼ぶと、少年はまっすぐ王様のそばへやって来る。
「そなた、私が呼べば来るのだな。城へ来るかと尋ねた時も、はっきりとうなずいていたな。他に何を話しかけても、まったく言葉が通じないようなのに……」
 幾重にも現れては消える色とりどりの光を、王様はまぶしそうに目を細めて見つめた。
「そなたは何者で、どこから来たのであろう。そなたのように素性がわからぬ者を、こうして私のそばに置いておくのは、とてもよくないことだ。侍従も侍女も衛兵も皆、私に直接言わぬだけで、そなたが何者であるかを案じておるだろうな」
 少年の答えを待たず、王様はささやくように言い続ける。
「だが、私はそなたを手放すのが怖い。放っておけば、そなたは今朝のように、ふらりとどこかへ行ってしまう。あるいは、その美しい光を求めた何者かが、そなたを連れていくかもしれぬ」
 王様は少年の髪にふれた。
「他の誰にも見せたくないのだ。もう、そなたはここから出さぬよ」
 明かりを落とすと、薄暗い寝室で、抱き寄せられた少年の光がほのかに王様の顔を照らしだす。
「そなたを見ていると、とても幸福な気持ちになるのだ……ほしいものがあれば、何だって与えてやろう。だから、ずっとここにいておくれ」
 王様の腕の中で、少年はきらめく熱い吐息を放った。

 それから王様は、三度の食事を寝室でとるようになった。
「少しでも長くそなたを眺めていたいので、ここに食事を運ばせるのだ」
 王様の言葉に、少年はただ薄く微笑んだ。

 執務室や大広間で政務を行っているあいだも、王様は心のどこかで少年のことを考えていた。そしてやるべきことが終わると、急いで寝室に戻り、少年の鎖がしっかりとつながれていているのを確認してから、夜の食事を運ばせるのだった。
 王様はすっかり少年に心を奪われていた。寝室に戻るたび、まるで寵姫を抱くように少年を抱きしめ、少年が鎖につながれた足をぶらぶらさせながらベッドに腰かけているのを眺めて食事をとり、少年の輝きが水に反射して虹のように見えるのを楽しみながら湯浴みをし、少年を抱き寄せて眠った。
 少年の声を聞いた者は誰もおらず、少年が嫌そうな顔をしたり、大声で笑ったり泣いたりするところを見た者も誰もいなかった。少年はいつも、ぼんやりしているか、かすかに微笑んでいるかのどちらかだった。ほしいものは何でも与えようと王様が語りかけても、何ひとつほしがろうとはしなかった。それどころか、言葉を発して答えることは一度もなかった。
 しかし、王様にとっては、それだけでよかったのだ。

 やがて、臣下が王様に対して、結婚を求めるようになった。
 王様には世継ぎが必要だった。しかるべき相手を王妃に迎えて世継ぎをもうけるように、と進言する臣下の声は日増しに大きくなり、王様の悩みの種となった。
 今の王様は、以前とはすっかり変わってしまっていた。不思議な光を放つ少年のことを愛するあまり、死んだ光を放つだけの金銀宝石を身にまとった貴族の娘に、さっぱり魅力を感じられなかった。機知に富んだ彼女たちの言葉も、化粧品や香水が放つ甘いにおいも、きらりきらりと輝くだけで何も言わない少年に比べれば、ごてごてと重苦しく感じられた。たとえ少年が笑わなくても、王様は少年にしか愛を語りたくなかったし、少年以外の誰かを同じ寝台に眠らせることなど想像もできなかった。
 しかし、世継ぎをもうけることは重大な務めのひとつであったため、とうとう王様も結婚を承諾した。
 結婚の準備を進めさせる一方で、王様は寝室のそばに小さな小さな塔を建てさせた。結婚を決めても、王様は少年を手放すことができなかったのだ。塔が完成した時、王様は手ずから少年の鎖を持って、少年を塔へ連れていき、最上階の部屋の寝台に鎖をつないだ。
「今日からそなたはここで暮らすのだ」
 王様は少年に、ただひとことだけ、そう告げた。
 少年を塔へ住まわせた一ヶ月後、王様は隣国の王家の血が混じっているという大貴族の娘と、盛大な式を挙げた。

 王妃は、王様が得体のしれない少年を寵愛していることを知っていた。しかし、高貴な血を継いで、並ぶものなき名門の娘として育てられた彼女は、何も恐れてはいなかった。何の地位も後ろ盾も持たない少年が、王妃にかなうはずはないと信じていたからだ。
 彼女は大小さまざまな宝石を縫いつけた豪華な花嫁衣装に身を包み、複雑に巻き上げた髪の上に、王妃の冠を授かって、参列した人々の前で悠然と微笑んでみせた。

 初夜の晩、王様は少年が使っていなかった寝台で王妃を抱いた。王妃の肌は白くなめらかだったが、王様にはひどく地味でつまらないものに思えた。普通の人間の体がいかに味気ないものであるかをまざまざと見せつけられた王様は、宝石のように輝く少年の体を恋しく感じながら眠りについた。
 ほどなく、王様は少年を閉じこめた塔に足しげく通い始めた。

「なんて不気味なのでしょう」
 侍女に髪を整えさせながら、王妃は言った。
「わたくし、聞きましたのよ。あれは人間ではないと」
「塔にいる、あれのことでしょうか」
 侍女はためらいがちに答えた。きらりきらりと光を放つ少年は、王様ご執心の相手ではあったが、名前も地位も持たない奇妙な存在だったため、侍女や衛兵たちは目配せするようにして「あれ」と呼んでいたのだった。
「そう、あの塔にいるという少年のことだわ」
 王妃はためらいなく口にした。
「とっても美しいのに、食事もとらず、口もきかないんだとか。そんな少年を、陛下は寵愛なさっているというのよ。何かに化かされているのではないかしら」

 王妃は大貴族の娘であり、世に認められた正統な伴侶であり、大切な世継ぎを産むための女だった。王様は臣下から非難されない程度に寝室を訪れて王妃を抱いていたが、臣下が眉をひそめる程度には少年の塔に通っていた。
 少年は自分の境遇が変わったことにも気づかない様子で、閉じこめられた塔の中を、鎖の長さが許す限り歩きまわっていた。
 月夜の晩、塔を訪れた王様は少年に尋ねた。
「そなたの顔を毎日見ることができなくなってしまったが、淋しくはないか」
 月の光を浴びて、少年のきらめきは青く幻想的に輝いている。彼は何も答えず、顔色ひとつ変えずに、鎖を持ち上げて、じゃらりと音を立てながら胸に抱いた。その鎖ごと少年を抱き寄せながら、王様はひとりごちた。
「そなたは淋しくないのだな。だが、私は淋しい」

 王妃との夜の営みを終えると、王様は余韻を断ち切るかのように、ためらいなく寝台から離れていく。その何気ない態度からも、王様が義務として抱く以上の気持ちを持ちあわせていないことが感じられて、王妃は日に日に不満を溜めていった。寝台から離れた王様は、飲み物を口にして戻ってくるか、新しい夜着をまとって戻ってくるかのどちらかだったが、王妃と睦言をかわそうともせず、すぐに寝入ってしまうのだった。
 ある晩、王妃は、寝台から立ち去ろうとする王様の背中に問いかけた。
「あなたは、わたくしに向かって、美しいという言葉ひとつ、かけて下さらないのですね」
 王様は立ち止まったが、ふり向かないまま、こう答えた。
「美しいというのは、この世ならざるもののことを言うのだ」

 そのまま王様が立ち去り、のどを潤して寝台に戻り、王妃のとなりで横になって目を閉じてしまってからも、王妃は寝台の上にじっと座ったまま、かすかにふるえていた。もう許すことはできない、これ以上は耐えられないという思いが、王妃の胸いっぱいに広がっていく。
 王妃は、塔に住まうあの少年を殺そうと心に決めた。

 王妃は自分の息がかかった者たちに、少年の塔を調べさせた。
 彼らは塔を守る衛兵や、王様の世話をする侍女から聞きだした話を王妃に告げた。少年は塔の中に閉じこめられていて、自分からは外へ出られないこと。そればかりでなく、少年は部屋の中にある寝台に鎖でつながれていること。日がな一日、少年が退屈そうなそぶりも見せずにぼうっとしていること。いつ見ても、きらきらと不思議な光を放っていること。誰も少年が話すところを聞いた者がいないこと。そして、王様は塔を去る時になると、少年の鎖がしっかりつながれているかを必ず自分の手で確認していること。
 話を聞いた王妃は、ぞっとして扇子の先でテーブルを叩きつけた。

 しばらくして、王妃は信用できる侍従を呼び、息をひそめて告げた。
「わたくし、あの塔にいる少年を、どうにかしたいんですの」
 侍従は渋い顔で、ささやくように答えた。
「……陛下がお許しになりますまい」
「皆も本当はわかっているのでしょう。あんな魔物を陛下のおそばに置いておくことは、この国のためになりませんわ」
 王妃と侍従のあいだに、緊張がみなぎる。侍従は何かを祈るように目を閉じたあと、腹をくくった。
「……では、陛下がこちらでおやすみになった晩に、腕のたつ者を塔へ向かわせます」
「いいえ、明日の昼に、わたくしが塔へまいりましょう」
 驚く侍従の前で、王妃はほの暗い笑みを浮かべた。
「わたくし、たとえ人目につく危険を冒してでも、あの塔の少年が死ぬところをこの目で確かめなければ、気が済まないんですもの」

 翌日、王妃は侍従や自分の息がかかった衛兵をともなって、少年の塔を訪れた。王妃を前にした衛兵は道を開け、一行は何の苦もなく少年の部屋にたどりついた。
 少年は寝台に座っていた。窓からの光を受けて、虹色のきらめきが彼の周りに散乱し、見る者が角度を変えるたびに、きらりきらりと宝石のような輝きを放った。
 初めて目にする少年の不思議な光に、さすがの王妃も息をのんだ。しかし、これこそが人をまどわす魔物のしわざなのだと自分に言い聞かせ、少年をにらみつけた。
「お会いするのはこれが初めてですわね。わたくし、ずっとあなたにお会いしたいと思っておりましたのよ」
 必要以上に顔を高く上げて、強く響く声で王妃は言葉を発した。少年はきょとんとした目で王妃を見返した。王妃のかたわらで、侍従がもったいぶって告げる。
「妃殿下の御前でございます。いかに陛下の寵愛が深い身の上であっても、その無作法は許されるものではありませんぞ」
 少年は何の反応も示さなかった。王妃が誰なのかもわからず、さしたる興味も持っていないようだった。
 王妃はつかつかと近づいていって、扇子で少年のほおを叩いた。すると、ほおを叩く音とともに火花のような強い閃光がまたたき、王妃は驚いて飛びのいた。それでも少年は何事もなかったかのような顔をして、静かに座っていた。
「ごらんなさい」
 驚いて少し荒れた息を整えながら、王妃は少年を指し示した。
「自ら火花を放つ、これは恐ろしい魔物です。王家に対して服従の態度もとりませんし、わたくしの言葉も聞こえておらぬようですわ。このような魔物を、城の中で生かしておく必要があって?」
 衛兵たちは荒々しく部屋に乗りこんで、少年の鎖を断ち切った。ふらふらと逃げだそうとする少年を捕まえて、壁に押しつける。王妃は神殿で清めた小刀を胸元からとりだし、少年の胸をえぐるように刺した。王妃と少年の顔が限りなく近づく。胸に小刀を突き立てられた少年はそれでも表情を変えずに、ちらちらと冷たい輝きを王妃の目の前できらめかせた。
 衛兵たちは小刀が刺さった少年の体を持ち上げて、窓を破り、そこから塔の下へと突き落とした。

 地面に叩きつけられた少年の体は、無数の宝石の破片となって飛び散った。

 知らせを聞いた王様は政務を放りだして駆けつけ、激しく泣き叫び、王妃をなじった。
「なぜあれを殺した、なぜ私の愛しいものを殺した、あれほど美しい光を、なぜ……」

 王様が得体のしれない少年を寵愛することには批判の声も強かったため、愛人を自ら殺した王妃のことを恐れる者はいても、声を上げて王妃を非難する者はいなかった。少年が宝石となって砕け散った話は、あっというまに人々のあいだへと広まった。やはり少年は魔物だったのだ、それを殺した王妃は正しかったのだという者も少なくなかった。
 嘆き悲しむ王様をよそに、王妃は飛び散った少年の宝石を集めさせ、それは見事な首飾りをつくらせた。そして愛人に打ち勝ったことを誇るように、いつも自分の首にかけていた。
「魔物が化けた宝石ではありませんか。そんな不気味なものを身につけていらっしゃるなんて、わたくしは心配でございます」
 恐れた侍女が進言すると、王妃は毒々しく笑った。
「あんな馬の骨の祟りなど恐れるものですか。わたくしに砕かれてしまった宝石に、いったい何ができるというの?」

 やがて月日がたち、王妃は懐妊した。
 王様は別人のように意気消沈したままだったが、周囲は喜びにわきたった。世継ぎが産まれる、これでこの国は安泰だと、城の中では誰もが胸をなでおろしていた。王妃が子どもを産むまでは。

 王妃の腹から産まれてきたのは、待望の世継ぎとなる赤子ではなく、たくさんの宝石がつらなった長い長い鎖だったのだ。

 血まみれの宝石の鎖を見た王妃は気が狂ってしまい、ほどなく倒れて亡くなった。
 葬儀の鐘が鳴り響く中で、王妃に仕えていた侍女は、少年の宝石でつくらせた首飾りを侍従に手渡して泣いた。
「これは祟りですわ、あれの祟りですわ。あぁ、妃殿下をもっと強くお止めすればよかった。この首飾りのせいで、妃殿下は亡くなられたのです。そうに決まっています」

 しかし、どこから聞きつけたのか、侍従が闇へ葬り去ろうとしていた首飾りは王様自らの手でとりあげられてしまった。
 王妃の首飾りと、王妃が産んだ宝石の鎖は、王様の寝室に飾られた。さらに寝台には、塔から運ばせてきた少年の鎖と足枷がつけられた。侍女や臣下は不気味に思い、王様をいさめる者もいたのだが、王様は耳を貸さなかった。少年をしのぶよすがとして、王様は首飾りと宝石の鎖を眺め、時折その手で鎖をじゃらじゃらともてあそび、毎晩ひとりで眠るようになった。

***

 その後、王様は再び王妃を迎えることなく、世継ぎを定めないまま、わずか数年で亡くなりました。
 王位をめぐって内乱が起こり、その混乱の中で宝石の鎖もばらばらになって失われ、今ではどんなものだったのか知る者は誰もいません。

 王妃の首飾りは混乱の果てに、宝石の原石を採掘する山へ流れ着きました。
 ひとりの少年がその首飾りを拾い、きらりきらりと色とりどりの輝きを放ちながら、山の奥へ消えていったということです。

作品情報

谷山浩子の「きれいな石の恋人」という歌をモチーフにした小説。
(歌詞の引用は行っていません)

2009年発行の同人誌『谷山浩子ファンブック 光の中は闇 Vol.3』に収録。
2014年、加筆修正して、Amazon Kindleストアで販売した短編集『王様と少年』に収録。
(現在は販売終了しました)

ブログへ再掲するにあたって、若干修正しました。