沈んだ月の中から 07:使えない武器

 今のオーナーに聞いてみたことがある。「国家の管理下に入ってる能力者って、どれくらいいるの?」って。
 宝塚の男役のようなオーナーは、さすがにわからないねぇと答えてから、こう言った。
「ヒカリは国の能力者になりたい?」
「ううん、なりたくない」
「どうして?」
 私はスマホの画面に目を落とした。たくさんのきれいな画像が上から下へと流れていく、美しい世界。私のように人を内側から殴り殺したりしない、まばゆいもの、きらめくものが、この画面の中にはあふれている。
「……だって私、軍隊とか合わないし」
 私の適当な言い訳に、彼女は「そうかもね」と応じて、くすりと笑った。

 この前、ラプンツェルに会った。
 私と同じ能力者で、二十三歳の男で、能力は情報を集める系。オーナーが高層マンションに住んでいて、その家に軟禁されていた。まさにラプンツェルだ。
 軟禁というのは言いすぎかもしれない。彼は自分の意思で好きなようにマンションを出入りしてた。ジョギングに行ったり、漫画を買いに行ったり。でも、彼が外に出る時は常にオーナーの部下が尾行している。ラプンツェルの申告によれば、尾行の手で動画も撮られているという。毎回わざわざ動画を撮りながら尾行するなんて意味不明。
 しかも、そのオーナーはラプンツェルのことを愛人だと言いふらしているらしかった。
 本人は愛人じゃないって言ってたし、あの言動からして確かに恋愛のような関係にはないんだろうけど、まったく何もなさそうには見えなかった。どうにも影があるのだ。
 少なくとも彼とオーナーとの関係はこじれてる。彼はどこかぼんやりと浮世離れしていて、そのまま山奥にひとりでひきこもりそうなタイプに見えたんだけど、オーナーは恐らく正反対だ。肉体関係のない若い男と同居して、愛人だと言いふらして、常に尾行で監視して、おまけに監視中の動画やらなんやらを寝室に保管しているんだから。かなり気持ち悪い。執着してるって次元じゃないよね。

「ラプンツェル、あれからどうなったの?」
 オーナーのいれてくれたアップルパイミルクティーを、ふうふうと冷ましてから、ちびちび飲む。りんごの味とシナモンの香りが、いかにもアップルパイだ。こういう甘い飲み物があると、お菓子を用意しなくても充分に楽しめる。
 私の問いに、オーナーは眉を大げさに上げてみせた。
「あぁ、ケイくん? 大丈夫、ちゃんと次の手を打ってるよ」
「ふうん」
 オーナーの仕事のことでは深入りしない。だからそれ以上は聞かなかったけど、かわりにふと思いついた話を聞くことにした。
「ねえ、情報って大事なんだよね。私の能力は基本が破壊だから、そんなおおっぴらには使えないけど、ラプンツェルの情報を集める能力ってすっごく役に立つし、いろんな人がほしがるよね、絶対」
 オーナーは甘い香りのするティーカップを持ち上げながら、「そうだね」とあいづちを打つ。
「それこそ、国が動いたりしないの? 国家の管理下に置いたほうがいいとか言ってさ」
 アップルパイミルクティーを口に含み、少ししてから、「うーん」とオーナーはうなった。何か考えてるみたい。ティーカップを置いて、それからようやく口を開く。
「能力者ってね、実際のところは国家の管理下に置きにくいんだよ」
「え、そうなの?」
「だって、能力者は数が少ないし、同じ能力を持つ人間はもっと少ないし、遺伝するってわけでもないから。組織として使いにくいの」
 オーナーの長い指が、大きな爪が、とんとんと軽くテーブルを叩いた。
「たとえば、ヒカリを兵隊として訓練して使うよりもね、心身ともにタフな若者たちを兵隊として訓練して使うほうが、よっぽど使いやすいわけよ。ヒカリはひとりしかいないけど、育てて伸びる人間はたくさんいる。チームを組んで動かせるし、交代で休めるし、バックアップも用意できる。ヒカリのような能力者が何十人も何百人もいたら、それだけでチームが組めるし、話は早いんだけどね」
「……そっかぁ」
 なんだか急にがっかりしてしまって、私はソファの背にだらしなく体を沈めた。そういえば、国の能力者になりたいかと聞かれたことがあった。あの時に「なりたい」と答えていたら、今と同じことを言われたのだろうか。
 そんな私を、幼い子どもを見るようなまなざしで見つめて、オーナーは微笑む。
「ケイくんだってそう。国のために能力を使わせるといっても、その彼に指示を出すのは誰? 昔みたいに王様直属の占い師ってわけでもないし、そもそも国のトップは入れ替わっていくものだからね。結局は与党の政治家とか、どこかの官庁の上層部とか、そういった特定の人間がオーナーになって指示を出すわけでしょう」
「うーん、夢がないなぁ……」
 思わずそんなことをつぶやいてしまった。
「あっ。ということは、ラプンツェルのオーナーになった人が、皆の秘密の情報を握って王様みたいになっちゃう?」
 オーナーは肩をすくめた。
「かもね。ケイくんのような能力者は、オーナーの私利私欲を助長するんじゃないかと思うよ」
 それって、私みたいに直球で相手を破壊する能力よりも、もっと怖いんじゃないの。
 手の中のティーカップは、少し冷めたけどまだ温かい。殺した直後の人の体よりも、まだ温かい。そんなことを考えているあいだも、アップルパイに似た甘い香りが私の鼻をくすぐる。
「あのラプンツェルって、なんか、傾城傾国って感じ」
 私がつぶやくと、オーナーは面白そうな顔をした。
「味のある言葉を知ってるじゃない」
 ラプンツェルのオーナーの名前が脳裏をよぎる。沈月。ジンゲツ。沈んだ月。
「彼を沈月が気持ち悪いくらい監視してるのって、そのせい?」
「ありえるね」
 オーナーは長い指でティーカップを手にとると、謎かけをするようにささやいた。
「沈んだ月の中から逃げ出せないのは、どっちかな」

 オーナーは次の手を打っていると言った。ラプンツェルが邪魔にならないように策を考えてるんだろうけど、私には何も言わない。今のところ、私の出る幕じゃないってことだ。私の出番があるとしたら、それは。
 私はラプンツェルを殺すのかな?
 能力者を手にかけたことなんてないけど、どんな感じなんだろう。
 ラプンツェルが情報を集める能力者だというなら、私が彼を狙った時点でバレちゃいそうな気もするんだけど。

 私はなんだって壊せる。誰だって殺せる。オーナーが私に危害を加えたら許さないし、そうやって自分の身を守ってオーナーのあいだを渡り歩いてきた。
 でも、自分の仕事はちゃんとする。オーナーの指示には従う。殺せと言われたら殺す。そうやって生きてきた。

 手を開く。私の頭上で緑色の光の輪が回る。手のひらに握ったAndroidの端末が、内側から砕け散る。
「殺せるかな」
 壊したくなかったけど、壊せと言われたら壊す。本当に大事なもの、本当に好きなものは誰にも教えない。肌身離さず持ち続けて眺めているスマホですら、私はたわむれに壊せる。
 好きだと思う気持ちは、壊す時に捨ててしまえ。

 砕けた金属片の落ちる音は、ラグの長い毛足に吸いこまれて、ひとつも聞こえなかった。