Kindle書評『脳が壊れた』と『治るという前提でがんになった』

病気の話を2本立て。

どちらも生還した男性による著書なんですが、
「妻(あるいは妻と娘)が本当に支えになって助けてくれた。妻(あるいは妻と娘)のためにも生きのびてやると思った。そのおかげでここまで来れた」
というストーリーが含まれています。

病気の時も支えあえる家族がいて本当によかったですね!と感じたのですが、逆にそういう相手がいない人間は、大病を患った時にすごくつらいのだろうなとも思ってしまった。

なんていうか、ひとりだったら「もういいや」って思っちゃって踏ん張れないかもしれないよな、と。

『さよならタマちゃん』も奥さんがいたもんなぁ…。

そんなこんなで感想いってみよー。

鈴木大介『脳が壊れた』


以前からネットの記事を読んで気になっていた著者の本。

自分で自分を追いつめた結果だった

脳梗塞を起こして回復するまでのあいだに(そして現在も)、どのような障害が起こったのか。当事者としてどう感じたのか。
自分の身に起きた障害が、今までの取材で出会ってきた貧困層の人々にしばしば見られた発達障害のような症状と酷似していること。

当たり前の話だが、コミュニケーション力や他者への共感力なども、個人差はあれど多くは教育と訓練と経験の中で発達していくものであり、機能不全家庭の中で適切なコミュニケーションを経験せずに育ってきた彼らが対人関係において「発達不全」なのは障害ではなく自然な成り行きなのだ。

この「家庭環境のせいで発達不全になった人と、そうでない人」の差を埋めるのは、すごくすごく難しいのでは…。

そのために活躍するであろう療法士さんたちも、高齢者のリハビリを担当することが多くて、子どもたちや若者の支援にあまり力を発揮できていない現状がある。

そのへんの話も興味深いのですが、個人的にもっと面白かったのは、脳梗塞の原因。

自分の性格が、この若さで脳梗塞を起こして死にかけるという事態を招いたのだ、と著者は気づくのです。

これが僕が四十一歳にして脳梗塞に倒れた理由だ。入院生活という自己を顧みるにはまたとないチャンスに考えた結果、出てきた結論は「自業自得」。
列挙するとこうなる。「背負い込み体質」「妥協下手」「マイルール狂」「ワーカホリック」そして「吝嗇」。そして最後に「善意の押し付け」。
これぞ俺様。
胸張ってる場合ではない。

けっこう多い!

でもこれ、わかる気がするの。

ふたり暮らしを始めた頃は、毎朝ちゃんと掃除洗濯しなきゃ!って思って、しんどい時もあった。
特に冬なんて寒いから、朝起きてすぐ掃除するの、めっちゃしんどいんよね。

持ち物を減らした掃除しやすい部屋になってても、しんどい時はしんどい。
「夜にやればいいやん」「毎日しなくてもいいやん」って話なんですけど、朝に全部片づけたい!って思っちゃってたんですね。

誰もそうしろなんて言ってないのに、勝手に自分で決めて、自分でしんどくなってたんですよ。アホやな。

今は彼氏が専業主夫なので、私が担当してるのはゴミ出しと洗濯と洗い物だけです。
彼氏は毎日の料理と、週に1~2回?の掃除を担当。無理のないペースで、私より丁寧に掃除してくれてる…。

「無理をしないで日々のタスクを進める」っていうの、実はけっこう難しいことなのかもしれないな。
ついつい、やりすぎる人とか、まるでやらない人とか出てきちゃう。
意識的にペース配分する必要があるのかも。

高山知朗『治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ』


2度の難しいがんを患いながらも、日本だけでなく海外の治療法も調べ、病院で徹底的にがんと闘って生還した人のお話。

主体的に課題(病気)に取り組む

がんになると代替療法とか怪しげな治療法をすすめる人がわらわら近寄ってくるという話、ありますよね。
放置しても治る、という本を信じてしまったりとか。
がんで手術を受けて回復したある作家は、「そういうのにすがりたい気持ちもわかる」と語っていました。

一方、この著者は対照的に、病院での手術や治療の実績を調べ、医療関係者からも「ここが1番いい」と言われた病院を選びます。

手術、放射線治療、抗がん剤治療の三大治療で治癒が期待できるがんの場合は、まずはそれを優先すべきだと思います。代替療法に期待し過ぎて、治る病気を手遅れにしてしまうと、本当に取り返しがつきません。

実際それで亡くなった著名人もいますよね…。

病院で受ける治療法も、自分で調べている。
入院中、病室でiPadなどを使って英語の論文も読み、どの治療法を選ぶべきか、担当医ともたくさん話をしています。

さらに、看護師さんのことはちゃんと名前で呼び、彼女たちからもいろいろなことを教えてもらったり。

その後、著者は「自分が2度もがんになったのは、自分の考え方にも問題があったのではないか」とふり返っていました。

今ではこの思い込みは間違っていると理解しています。「幸せのためには不幸も必要だ」という思考は正しくありません。

わかる…「幸福と不幸は同じ量だけ来るはずだ」って思いがちなんですよね…。

この「自分は強い人間である」という間違った思い込み、常に無理をしてでも「あるべき姿」を実現しようとする姿勢が、自分に無理を強いることになり、精神や肉体にストレスをかけ過ぎて、病気を招いてしまったのかもしれない、と考えました。

起業して必死で働いてたらなおさら、そんなふうになっちゃうかもしれない。

社長だったこともあり、とにかく仕事!仕事!という生き方をしていたそうなのですが、病気になってからは「家族とともにすごしたい。幼い娘が成人するのを見届けたい」というふうに気持ちが変化したと。

10代の頃なら、この展開に「結局は家族か…ベタだな」と感じたかもしれないけど、今は「そうやんな…」と共感してしまうのです。
多分、ふたり暮らしをしてるから。

自分で家族として選んだ相手の場合は、生まれつきの家族とは、またちょっと別の何かがあるんですよね。

一方、親に対しては愛憎の両方があって、関係が近いだけに感情的な反発も強い。
働き始めてしばらくした頃には、「親だって長所も短所もある、ただの人間なんだな」って思えるようになったけど。

もっと年をとったら、また変わるかな。