Kindle書評『未完成』と『夜明けには優しいキスを』

今回は、凪良ゆうのBL小説を2本立て。
以前も読んだことのある作家さん。全体的にファンタジーよりもリアル路線、地に足の着いた生活の中で描かれる物語、真摯で泣かせる展開が多い、という印象です。

今回はどちらも挿絵が収録されていて、どちらも好きな人だったので、うれしかったです!
いってみよー。

凪良ゆう『未完成』


両親が離婚寸前で、家にいたくなくて、適当に女を食い散らかしている高校生の主人公。
あることがきっかけで、高校の教師がゲイであることを知り、弱みを握ったつもりで脅そうとしたら、ミイラ取りがミイラに…という年下攻めのお話。

あんな危なっかしかった子が、大人になって…!

すごくよかった…。

高校生の頃って本当に、体は大きくなってるし、自分であれこれ考えてるんだけど、でもやっぱり社会的な立ち位置は「子ども」なんですよね。
たとえば、親が離婚して実家に帰ると言いだしても、「俺は行かない。バイトしてこっちに残る」って言えない。

私も高校時代、親の離婚でひとり暮らししてる友達がいたけど、彼女はたまたま施設に入所した祖母がまだ家を残していたから、無人になった祖母の家へ引っ越して、食費と光熱費をスーパーのレジ打ちで稼いでどうにか暮らしてました。
高校生のバイトでひとり暮らしするなんて悪条件にも程があるんですよ。まず雇ってもらえる場所だって少ないし、年齢を偽って夜のバイトしてると結局は学校に行けなくなったりして。

理不尽だ、不公平だと怒っても、親と一緒に引っ越すしかない。
自分はこれほど大きくなって、こんなに強い自分の意志があって、感情があって、考えていることがあるのに、それをどうにもできないもどかしさ。

悪化する家庭環境の苦しさを誰にも言えなくて、八つ当たりのように遊んでた主人公が、10歳年上の教師の色気にやられてしまって、でも相手は教師と生徒という立ち位置でしか接してくれない。
自分の激情をぶつけては、なんでもっとうまくできないんだろうかと思い返す主人公。

この話がすごくよかったのは、そういうリアルさだけじゃなくて、主人公が大人になってからの再会とその後も描いてるところです。

教師からの視点で描かれた短編も収録されてるの。これがまたとてもいい。
そうだよねぇ、10歳年上っつってもまだ27歳だもんねぇ、そりゃ生徒からそんなふうに迫られたって悩むよねぇ…などと、年齢的にも近くなってしまった三十路の私は共感してしまうわけですよ。

いろんなものを無視して突っ走っていた高校時代のあの子が、社会人としてこんなに成長して…!みたいな感慨深さを、読者も一緒に味わってしまうぜ。

でも多分イトチューは、彼女の作るメシが象徴する『なにか』に心を奪われたのだ。瀬名に置き換えると、『飲んでくれた』というあたりか。
うまく言葉にできない『なにか』が口を衝くとき、それは『メシがうまい』だの、『飲んでくれた』という、どうしようもなく地べたに近い言葉に変換される。

「彼女のメシがうまいから」という理由で高校時代の友達が結婚した時、主人公はこんなふうに考えるの。
あぁ、そっか。そういうことだったのか。
言葉にできない何か。

凪良ゆう『夜明けには優しいキスを』


過去に過ちを犯し、自分は罪を受けるべき人間だと考えて、ブラックな環境でバイトしながら、恋人の暴力に耐え続けている主人公。
そんな彼にバイト先の後輩が「そんなのおかしいよ」と声をかけてくる…。

重い重い過去と日常からのゆるやかな回復

カスタマーレビューを読んで覚悟してたんですが、前半はつらい展開です。
主人公は自分が罰せられるべきだと思ってるから、自ら進んで苦しいほうへ、苦しいほうへ行っちゃうんですよ。毎日が緩慢な自殺になってる。

24時間営業のカフェで、バイトの身分と給料のまま店長と同じ仕事をさせられ、本部の社員にはいじめられ、バイトのシフトを埋めるために長時間働き、家に帰れば「どうせお前は俺のこと嫌いなんだろ」とキレる恋人に殴られて犯される。
しかし、読みながら「あー、これと似たような労働風景って何度か見たな…」と思ってしまう自分も悲しい。

で、そんな主人公を見かねて、後輩が「抗議しましょうよ」って言うわけです。
フリーターの労組があって、俺もそこに入ってますよ、と。

その後輩からは、自分の両親は若い頃に学生運動をしてたクチで、母親は「火炎瓶のマドンナ」と呼ばれてた、なんて話も出てきます。
私の両親より少し上の世代がちょうどドンピシャで、左寄りの思想に親和性の高い人が多いんじゃないかなと思う。ちょうど若い頃に共産主義が流行ってたから。時代だよなー。

しかし、「学生運動の集団内でも、結局のところ女子学生は男子学生のために炊事洗濯をやらされたり、彼らの下半身処理に使われることが多々あった」みたいなことを上野千鶴子が指摘していたような…。
などと余計なことを考えながら読んでしまった。

主人公の恋人は、そんな後輩の接近に気づいて、余計に荒れる。今までの人生は他人に見捨てられてばっかりだったので、初めて自分を受け入れてくれた主人公を誰にも奪われたくないと言って捨て身の行動に出てしまう。
けど、そのあとの展開が本当によかった。

主人公は、後輩に励まされたおかげで、過去の過ちに決着をつけようという勇気を持って、前に踏み出す。
そして、暴力をふるう恋人のもとにいったん戻っちゃうんですね。
「俺はもうお前とは寝ない。でもお前を見捨てたわけじゃない」というのを身を持って示すために、辛抱強く同居して、保護者のように寄り添い続ける。
やがて、精神が安定した恋人は、「お前が好きな後輩のところへ行ってくれ」と自ら主人公を解放する。

よくこの展開を描ききったなと思いました。
(BLでは、そのまま束縛・暴力の激しい彼氏と元サヤにおさまって共依存関係で終わるストーリーが非常に多い)

過去の過ちも、職場環境も、恋人の暴力も、痛くてつらい話が多いけど、「自分はあの時ここでまちがえたけど、せめてこんなふうにしておけばよかったな」って主人公は気づくことができた。
「全部自分が悪かったんだ」で終わってたら思考停止だもんね。

この話を学生の頃に読んでたら、恐らく今とはちがう感想を持ったと思います。
主人公のように寄り添って傷を癒やすことがどんなに難しいか、歳を重ねるほどに知ってしまう。
中途半端にかかわって余計に傷つけるくらいなら、最初から「無理なものは無理です」ってはっきり線引いて拒絶したほうがいい。そう思ってしまうから。

あと、アルテイシアさんが過去の恋愛をふり返って書いた『恋愛格闘家』を思い出しました。
不幸な家庭環境で育ってヤクザの道に進んだ男性から求愛され、それを拒んだ時、殺されるかもしれないと思ったアルテイシアさんが、「自分はあなたに恋愛感情を持ってないけど、それでもちゃんとあなたのことを受け入れてるんだよ」って必死で伝える場面があったよね。

(知らないあいだにKindle化されてた)