Kindle書評『ワーク・シフト』と『ブログ起業』

本日は仕事に関係のある2冊です。
就職とか正社員とか、そういう枠組みとはまた別の、仕事にまつわる本。
いってみよー。

リンダ・グラットン『ワーク・シフト ─孤独と貧困から自由になる働き方の未来図<2025>』


前から気にはなってたんだけど、確か日替わりセールでぽちった1冊。

2025年ってけっこう近い未来ですよね

2025年の世界がどんなふうになっているのかを予測して描きつつ、私たちが少しでも心身ともに豊かな暮らしをできるようにするためには、どんな選択をすればいいのか?どんな未来を選べばいいのか?と問いかける本。
3つのシフトが必要だ、と説いてますが、多分これについては他のレビューで散々書かれていることでしょう。日本語版が出たのは2012年だしね。

しかし、これを読みながら私が1番衝撃を受けたことは、
「あれっ、2025年ってけっこうすぐに来るよね?!」
ってことでした。

途中まではあまり意識してなかったんだけど、ふと「おいおい今2016年やんけ!あと10年弱やんけ!」って気づいたんですよ。
子どもにとっての10年ってすごく長かったけど、働き始めてからの10年って「気づいたら過ぎてました」レベルなんですよね…。

先日も職場のアラフォーの人と、
「アラサーのあたりから、若かりし頃をふり返った時の年月が10年単位になるんですよね…」
「びっくりしますよね…」
「恐ろしいわ…そのうちこれが20年単位に…」
としみじみ言いあったものです。

28歳の頃、「高校卒業から10年たってもうた!」と驚いたものですが、今では「大学卒業から10年たっとるやんけ!」ですし。
現在の現役の学生さんたちと、自分が学生だった頃と、時代が全然ちがう。

ちなみに、この『ワーク・シフト』でも、幸福学の本に出てきたのと似たような話が紹介されています。

最も幸福感が高いのは、最も裕福な人たちでもなければ、最も大きな業績を成し遂げた人たちでもなかった。幸福感の高さと最も強い関連性が一貫して認められた要素は、親しい友達がどの程度いるのかという点だった。

このへんとか、「あぁ、幸福学の本にも書いてあったな…」って。

現時点の予測によれば、今後ますますエネルギーが入手しづらくなり、エネルギー価格が大幅に上昇する可能性が高い。気軽に旅行などできない時代がやって来かねない。

エネルギー消費量を減らす必要性がこれまで以上に強調されるようになる。その有力な方法として、オフィスに出勤せずにインターネットを使って在宅で仕事をするバーチャル勤務が普及するだろう。

このへんは「森博嗣の本にも書いてあったよなぁ」って思いました。
ただ、私がそれを母に話した時は、「そんなもん、何十年も前からSFで同じこと言われとるわ!森博嗣が新しいわけちゃうねん!」って一刀両断されましたが。

学術的研究によれば、なぜ不幸せに感じているのかという研究者の問いに対して、余暇時間にテレビを見て受動的に過ごす時間があまりに長いという理由を挙げる人もいる。

テレビは、人々の物質主義的な志向と欲求を強く助長する可能性がある。

これは別にテレビそのものというより、テレビ的なもの(ネットで1日中ぼーっと動画を見てしまうライフスタイルとか)を意味してるんだろうな。

では、二〇一〇年に息子たちがいちばん夢中になったドラマは? それは『モダン・ファミリー』だ。このドラマでは、ロサンゼルスの男性同性愛者カップルが養子を迎え、そこに、カップルの片方の父親と、その再婚相手と幼い息子がからんでくる。そのほかにも、誰それの義理の母親や父親や、義理の子どもが大勢出てくる。家族のあり方の多様化を反映したドラマと言えるだろう。

日本でこういうドラマがつくられることって、なさそうだよな…。
あったとしても、深夜枠のアニメになりそう。

自分に合ったオーダーメードのキャリアを実践するためには、主体的に選択を重ね、その選択の結果を受け入れる覚悟が必要だ。ときには、ある選択をすれば、必然的になんらかの代償を受け入れなくてはならない場合もあるだろう。

これはすごくわかる。
というのも私の座右の銘というか、子どもの頃からずっと思ってることのひとつが、「何かを得れば何かを失う」なんですよね。

たとえば、掃除したりモノを管理したりするのが面倒くさくて、私は持ち物をめっちゃ減らしたわけなんだけど、こういう暮らしをしていると、かわりに失うものもたくさんある。
大量のモノを管理する能力は退化しただろうし、「本を貸し借りしたのがきっかけで仲良くなる」みたいな選択肢も使えない。

自分のやりたくないことを避けて生きてきたから、何度か体を壊しかけたものの、割と好きなことをして京都で暮らしてきた。
そのかわり、大学時代の友達みたいにわかりやすい社会的な地位(例:有名企業で働いてるとか)を持っていないし、彼らより年収も低い。結婚してないし子どももいない。

あとで「こんなふうになると思っていなかった」と嘆くのではなく、何かを選べば、その結果として失ったり犠牲にしたりするものがあることを覚悟しておくべきだ、と著者は語っている。

かん吉『ブログ起業: 10年9割廃業時代を生き抜くブログ×ビジネス戦略』


わかったブログの中の人が出した本。
GWに合わせて無料キャンペーンをやっていたので、ぽちってみました。

手堅くビジネスやってる人はそんなに目立たせようとしない(目立つ必要がない)

仕事に疲れた人が「仕事辞めたい…ブログで生活できひんかな…」って言い始めたら、「あぁぁああこれはやばい兆候だー!」ってなりますよね。
そういう人たちが情報商材のカモになるのは大変よくある話です。

だいたいねぇ、ブログで生活できるのなんて、本当にほんの一握りなんですよ。

この「生活できる」のレベルも人によってバラバラで、たとえば日本一のニートとして有名になったphaさんあたりだと「今でも年収は100万くらい」なんて言うてはりますが、逆に言うと年収100万でもやっていける人だから、今もこうして生き残ってはるんじゃないかという気がするのね。

実は最近、かくれんぼ戦略の過去ログをざっと掘り返した際、「2012年頃はノマドなライフスタイルとしてもてはやされた人たちのインタビューや対談の記事を読んでたなぁ」って思い出したんですよ。
その人たちの中で今も普通にブログを書いて、たまに本を出して、同じようにやり続けてるのって、phaさんくらいじゃないのかなって。

他の人たちは普通に転職したのかもしんないけど、なんとなく「年収100万では生活できない人たちだろうな」と思ったのね。
別にそれを責めてるわけじゃない。ノマドとか言ってブログだけで食ってくのはやっぱ無理だと判断したから、別のライフスタイルに移行していったのかもしれないし。

話がそれた。
「ブログで食っていく」とか言っても、それができるのは本当に限られた人たちだし、それを何年も続けるのはさらに難しい。

んで、この『ブログ起業』を読んでみたらば、かん吉さんは実に当たり前のことを書いている。
「ちょっとブログで稼げたからって、すぐに会社を辞めちゃ駄目!会社員の倍くらい稼げるようになってから辞めろ」って。

検索エンジン頼りの商売は、Google1社にふり回される生活ってことだぞ、リスキーじゃないの?とか。
ブログをベースとして、そこからスモールビジネスをやっていくとか、けっこう手堅い話が多いわけですよ。

一方、もっと派手で目立つことをやってる有名ブログ(炎上で稼ごうとする人とか)を見てると、この5年くらいのあいだに情報商材化してる人がちらほらいますよね。
前はメルマガが多かったけど、最近は特にnoteが格好のプラットフォームになっちゃってて、「信者を囲って月額で金を払わせる」っていう。

やたらと騒ぎを起こしたがる人たちは、そうやって目立たないとお金にならないから、わざわざ炎上させようとするんだなって思う。なんていうか、先がない。
かん吉さんのところは、めったにそういうのが起きないよなーと思ってたんですが、そりゃ手堅くビジネスやろうって考えてたら炎上なんて狙わんよね。

なんてことをつらつら思いながら読みました。

そうそう、今の職場が制作会社でして。
京都には小さな制作会社がたっくさんあるけど、ほとんどの会社は求人サイトに求人を出すこともしないし、そんなに露出してない。人数が少ない上に忙しいため、会社のサイトの実績やブログをあまり更新してないことが多い。
場合によっては、会社のロゴとメールフォームしか存在しないサイトもある。

でも、だいたいどこの会社さんも「忙しいから、できる人がいれば採用したい」って言わはるのね。
露出してなくても、以前お世話になった取引先などからの紹介で、次々に仕事が来る。だから忙しい。

わざわざネットで情報発信しなくても(炎上しなくても)仕事が来る(稼げる)し、新しいスタッフも紹介で見つかったりするし。

かん吉さんが生き残ってるのは、「ブログで食っていく」じゃなくて「ブログを足がかりにビジネスをやる」って視点を持ってたからかもしれないな。
とはいえ、私もあまり「わかったブログ」を詳しく見てるわけじゃないから、適当な推測ですけど。