お正月の思い出

私の家には、母の実家の仏壇がある。
母の実家は一族の本家だったので、仏壇の前には、お寺でもあまり見ないような、どでかい木魚が置いてある。

仏壇のおかげで、お盆休みや年末年始も家を留守にすることはできない。

毎年、ニュースで海外旅行に出かける人たちを眺めながら、
「この人ら、仏壇どうしてるんやろ」
「私かて行けるもんなら行きたいわ」
と母はこぼすのだった。

年始のあいさつ

お正月になると毎年、母の親戚があいさつにやってくる。
仏壇を拝み、年始のあいさつをかわし、孫たちにお年玉を渡すために。

仏間は親戚の社交の場となり、普段は使わないお茶っ葉と急須でお茶をいれて、斜めに折った和紙の上にお茶菓子をのせて、台所と仏間を往復する。
親戚の皆さんはお土産に持ってきたお菓子の箱を仏壇の前にそなえて、お茶を飲み、会話を楽しみ、和紙にお茶菓子を包んで持ち帰るのだ。

年始のあいさつにかけては、親戚の皆さんは非常に手慣れており、仏間に入るやいなや、「皆さんあけましておめでとうございます。今年もよろしく…」と言いながらさっと駆け寄るように正座し、両手の人差し指と親指で三角形をつくっておじぎする。
流れるような動作は、どちらが先に早くおじぎできるかという妙なプレッシャーを幼い私に与えたものだった。

子どもの頃、私も親に手の形などを教わって、年始のあいさつを覚えたのである。

お年玉

小学生の頃、私はお年玉をもらえなかった。
正確に言うと、両親からのお年玉はもらえたが、親戚からのお年玉はすべて目の前で母に回収された。

「あずかるから」という言い訳で奪われたのではなく、最初から「これは親のものだ」と言われたのだ。
「お年玉というものは、親同士が出しあっているお金だから、向こうの親からもらったお金はお母さんがもらう」と。

ただし、中学生になってからは、親戚のお年玉ももらえるようになった。
中学1年のお正月に、母は私をつれて近所の郵便局へ行き、私が小学校を卒業する時にもらった印鑑で口座をつくらせ、「これからは、ここにお年玉を貯金しなさい」と言ったのである。

ちなみに最近、彼氏が子どもの頃、お年玉でゲームソフトを買っていたという話題が出た。

私「えぇっ、ゲームソフトって高いのに、お年玉で買えるの?!」
♂「買えるよ」
私「私そんなお年玉もらってないよ」
♂「あなたはお母さんに回収されてたからでしょう」

親戚のお年玉を合わせたら、私もゲームソフトくらい買えたのだろうか。

お年玉のその後

私が働き始めて2年目の頃だったか、お年玉のやりとりはなくなった。

かつてお年玉をもらっていた私たちが働き始めたので、あまり年齢の変わらない年下の親戚へお年玉を出させるのは申し訳ないという話になったらしい。
親同士で話し合って、お年玉はなしになった。
私も1度、年下のはとこにお年玉を渡したのだが、向こうの親御さんが申し訳なく思って、あとから同額の金券をお返しにいただいてしまったのである。

恐らく、私の世代が子どもを産むようになれば、またお年玉も復活するのだろう。
小さな子どもがいないと、やはりお年玉は盛り上がらないらしい。

しかし、父方の親戚の同世代が次々に結婚して子どもを産んでいる一方、母方の親戚はまだ誰も子どもを産んでいない。
結婚していても、まだ若いからとか、仕事が忙しすぎるからとか、いろいろ事情がある。
私に至っては彼氏と一緒に暮らしてはいるものの、結婚もしていない。

お年玉が復活するまで、当分かかりそうだ。

2016年のお正月

そんなことをつらつら考えたのは、今年のお正月が今までで1番あっさりしていたからだった。

私が子どもの頃は、親戚が2〜3軒、家族づれでやってきて、あいさつとお年玉のあとは世間話をして、場合によっては大勢で食卓を囲んで夕飯を一緒に食べることもあった。

しかし、親世代が50歳になるあたりから、親戚の滞在時間は短くなっていった。

親の世代は、ちょうど体の不調があちこち出てきたり、更年期にさしかかったり、あるいは生活習慣のもたらす病気が顕在化する年齢である。
そういう事情もあって、お互いに外食を控えたり、外出先で長居するのを控えたりし始めた。

おまけに、子ども世代も大学受験やら、大学に入ったあとはバイトや旅行で忙しかったり、友達と徹夜で遊んで疲れていたりして、親戚づきあいからは足が遠のきやすい。

そしてここ数年は、京都から離れた土地で結婚した親戚が忙しくて帰省しなかったり、嫁ぎ先の実家に顔を出していてこちらに来る余裕がなかったりして、顔を見る機会もなくなった。

一方、祖父母の世代は、ここ10年のあいだにほとんどが亡くなってしまった。

私は実家と同じ京都市内に住んでいて、たまたま実家に母の本家の仏壇があるから、特に苦労もなく年始のあいさつに顔を出せるだけなのだ。
他の親戚たちのほうが、よっぽど愛想もよくて、人づきあいもうまかったのになぁ、などと思ってしまう。
どちらかというと立ち回りのへたくそな私が、年始のあいさつに出続けてしまっている。

今年のお正月は、近所に住んでいる親戚のおうちが1軒、あいさつに来ただけだった。
私と同じ子ども世代の人たちは、もう来ない。
親世代のご夫婦だけだ。

我が家では、父と弟は顔を出せず、私と母だけがあいさつに出た。

人数も少ないので、会話も静かなものである。
親戚の集まりにありがちな「結婚はまだか攻撃」も存在しない。

どころか、話題の中心は、
「安くていいスーパーがあったら教えてくれ」
というものだった。

それも、専業主婦である母や向こうの奥さんではなく、向こうの旦那さんが率先してコストコの話題などを切り出していた。
「誰か会員にならへんかな?年会費ちょっと高いもんな」と。

せちがらいお正月になったものである。