谷山浩子「わたしじゃない月のわたし」の青い恋って何が青いんだ

谷山浩子の歌についてブログに書くと、たまに、こういう趣旨の感想をいただくことがあります。
「歌詞にしか着目してないの?音楽なんだから曲の方にももっといろいろ言うことあるでしょ」と。

私が歌詞のことしか話題にできないのは、音楽を全然学んでいなくて単語も知らないし技術も知らないし、何がどうなのか説明できないからです。

「『わたしじゃない月のわたし』の間奏に出てくる、テレレレーンレーンの部分が好きです」
って書いても伝わりにくいじゃないですか!
歌を知ってる人以外には興味を持ってもらえないですよ。
♪テレレレーンレーン テレレレーンレーン テレレレーンレーン レーンレレーン

それに、文字媒体で自分の感じたことを表現しようとすると、文字で表現できるネタ(つまり言葉)の方が表現しやすいんですよね。
目の前の人と会話してるんだったら、身振り手振り、あるいは実際に歌ってみせて表現できるんだけど。

というわけで今日は、谷山浩子の「わたしじゃない月のわたし」というへんてこなタイトルの歌について書くよー!
(タイトルがへんてこなのは、これに限ったことじゃないけど)

こんな歌です

「わたしじゃない月のわたし」は、『心のすみか』というアルバムの1番最後に収録されている歌です。

歌詞は下記の通り。

夜の街を歩いていると、自分の足がどんどん勝手に速くなっていく。
自分ではもう止められない速さで歩きながら、頭上の丸い月を見上げて、「あぁ、これは月の力だ。月の恋だ。月が泣いてるんだ。月に操られてるんだ。すごい力だ」という…歌…。

…なんじゃそれ?!

アレだ。これはまたしても「ストーリーがありそうに見えるけど、説明しようとしたら崩壊する歌」だ…!
(谷山浩子の歌にありがち)
(逆にストーリー性ありまくりの歌も多い)

谷山浩子の歌には、月(moon)が非常にたくさん出てきます。

タイトルだけでもけっこうある。

  • わたしじゃない月のわたし
  • 月が誘う
  • 月見て跳ねる
  • 月と恋人
  • 同じ月を見ている
  • 三日月の女神
  • 月のかたち
  • DESERT MOON
  • MOON SONG
  • MOON GATE
  • LUNA(厳密には月じゃなくて月の女神の名前だけど)

アルバム名でも『月光シアター』がありますね。

もうひとつ、谷山浩子の歌には「青」という色がけっこう出てくる、気がする。カウントしたことないけど。
歌のイメージのせいかなぁ。ライブでも青いライトよく見ますしね…。

しかも、歌を聞いてみると、「普通なら青くないだろ!」というところにも「青」が使われています。

たとえば「ラ・ラ・ルウ」では、最後にこんな歌詞が。

あなたの青い まつげが光る

あ…青いまつげ…?

月の恋は青い

そこへもってきて、「わたしじゃない月のわたし」の歌詞がですね。

これが月の炎 月の心
月の恋 なんて青い

ですよ。

あ、青い…?なんて青い…?月の恋、が…?

神話やファンタジーが好きな人にとっては、「これは月の神様(男だか女だかどっちでもいいけど)が誰かに恋をしてるんだ」という解釈もできるんですけど、なんとなく、私、この歌を聞いた時、月から直接ビシャーって何かが来てる気がしたんですよね。
神様とか精霊とかじゃなくて。

というのも、「月の光は実際に青く感じられるのだ」という話を読んだことがあったから。

街灯のないところで月夜に散歩していると、夜の世界が青く見えるのだ、と。
誰のどんなタイトルだったか忘れたんですが、さまざまな月夜の写真が載っている、月夜をテーマにした写真集だかエッセイだかポエムだか判別のつきかねる短い本でした。

だから、月から直接、青い光が降りそそいでいて、周囲を青い光で染めているんだと思ったのです。

で、青い月光の中で、光とともに見えない激しい力が、たまたま歩いていた「わたし」に雷の如く落ちてきて、ぐいぐいと無理やり歩かせているのだと。
あてずっぽうに、強引に、急ぎ足で歩き続けずにはいられない恋の悲しみ。

月の力とシンクロしちゃった「わたし」は、「月がわたしになり歩いている」と感じるし、そんな自分自身を「わたしは月になりながめている」と語る。
天空から眺めている月が「わたし」なのか、街を歩き続ける「わたし」が月なのか、どっちがどっちかわからない。
それが、「見たこともないわたし」、つまり「わたしじゃない月のわたし」。

それでも「わたし」は心のどこかに平静さを保っていて、「悲しいことがあったとしても わたしの知ったことじゃない」とドライな反応を示しつつ、月の恋を「なんて青い」と感嘆している。
だってしょせん、他人のことだからね。

私の中ではこんなイメージ

おかげで、この歌を初めて聞いた時、青に沈む月夜の街のイメージが脳内に広がりました。
青い世界の中を、女の人がひとり、月の激情のままに歩かされて、声を上げて泣きながら、一方では「そんなこと知るか」と客観的な目線を持っている。

はっきりとわかりやすいリズムを刻む楽器の演奏も、ぐいぐいと足を交互に前へ出して歩き続けるイメージに重なって、ぴったりだなって。

一方で、「だけど止められない」のあとの間奏は、ふっとそのイメージが薄れて、視点が月の輝く夜空へと広がっていく、ような感じ。
なんかね、うまく言えないけど好きなんですよ。ここのメロディ。
前述のテレレレーンレーンの部分です。

テレレレーンレーンのところで、歩き続ける女の人からふっと視点が離れて、青く広がる夜空を見上げる。
月の青い光に照らされた街を眺める。
月に近づいて、月から女の人を見下ろして、やがて間奏の終わる間際にぐうっと再び視点が急降下して、女の人に戻ってくる。
そんなイメージ。
(そして今度は女の人が泣き始める)

おまけ

しかし、この歌は「県境」という単語が出てくるあたり、妙に現実の世界とリンクしてるんだよなぁ…。
京都は府なので、普段「県境」という単語を耳にする機会はあんまりないんですけどね!
(かわりに使うのは境目かな)

月の恋は青いのに「体中が燃えてる」。激情で燃えてる。
あとは多分、歩きすぎて血行がよくなって燃えてるんだと思います。