Kindle書評『女装して、一年間暮らしてみました。』と『諦める力』

だいぶ前に読み終わった本ですが、ようやくブログに書きますよっと。
積ん読しなくなったと思ったら、今度はブログの方でネタとして積んだまま放置している…。
あと何冊あるんだっけ?

サクサクいってみよー。

クリスチャン・ザイデル『女装して、一年間暮らしてみました。』


以前から読んでみたかった本。
テレビなどのマッチョな業界で働き、その後、交通事故がきっかけで考えを改めて東洋思想的なものに傾倒していったというドイツの既婚男性が、ひょんなことから女装に手を出して、自分でも驚くほどの変化を味わうという実話です。

読み終わったあとブログに書かず放置してたら、「琥珀色の戯言」さんのところで先に記事が出てたー。
「女性はどういう感想を持つんだろう?」とおっしゃってますね。

男、この閉ざされた不自由な存在

著者が女装をしたきっかけは、ストッキング。
寒い、でもモモヒキを履いたら暑すぎる…と悩んでいた時に、ひょんなことから(妻に頼まれたふりをして)女性用のストッキングを買って履いてみたところ、あまりの快適さに驚く。それがすべての始まりでした。

ドイツでは男性用のストッキングやタイツって売ってないのかな?
日本だと売ってるよねー。ものによっては、妻や娘が自分のものだとまちがえないように、腰の部分がトランクスみたいな形状のゴムになってたりするらしい。
弟がスーツの下に履いてたので、私も「そんなものがあったのか!」と知ったんですけど。

それはさておき、これをきっかけに著者は女装に目覚めていく。
服装やウィッグだけでなく、本物そっくりの人工の乳房を買い、ハイヒールで歩くレッスンを受け、たくさんの女友達をつくって、女子会にもお呼ばれしてしまう。かなり積極的にいろいろやってます。

でも、著者は女性になりたいわけではない。
ただ、「男らしくあらねば」と思って生きてきた今までの人生で、知らず知らず封印してきた「自分の中の女性性」を知りたいという思いが強くなっていって、心のおもむくままに「女性になりきると、どんな世界が見えるんだろう?」と冒険し続ける。

「僕の場合は、自分の女性的な面をより深く知りたいんです。女物を身につけると、なんとなくリラックスできることがわかったんで。男である必要がないから広がる解放感というか……」

世の中には、女性学ならぬ男性学というものもあるんだけど、フェミニズム関連の本に比べたら圧倒的にマイナーだよな…なんでだろうな…。

あと、「女装してると男性がエスコートしてくれるし、レディファーストの扱いをしてくれるからラク!」というくだりでは、「日本では絶対に逆の現象が起こるだろうな…」と思いました。「女のくせに気がきかない」みたいなこと言われるよ、多分。

この著者は女装してみたことで、男性がいかに「男性らしさ」に縛られているのかに気づいたと何度も書いている一方、男性というものの不愉快さについても訴えています。

世の女性たちは、男の存在をどうして我慢することができるのか、僕にはなかなか理解できない。
(中略)
女装を始めて以来、(自分自身を含む)男に対して、いい感情をもったことはほとんどない。いやな目にあってばかりだ。

実際、女装したというだけで、近所の男性や男友達や通りすがりの男性からひどいことされてますしね…。ホンマにひどい。
家の前でいきなり相手の胸をつかんで罵声を浴びせたり服を脱がせようとしたり。暴力をふるってレイプしようとしたり。きっと相手が女性だったら「犯罪だから駄目だ」と自制するであろう行為も。なんでそれをやっていいと思うのか、意味がわからない。

こういう話を読むたび、「もげればいいのに…」と思ってしまうよ。

ほとんどの男は、自分のことが好きじゃないんだ。自分を振り返ってみると、男として僕は女性から隔離されているような気がして、つらかった。

この本文の流れとは若干異なる話になるのですが、「ゲイとか無理、生理的に無理」と過剰な反応を示す男性の皆さんは、心のどこかで「男は汚い」「男は醜い」と思ってるんじゃないのかな、という気がしています。

女装を続け、女友達との交流を続けるうちに、著者は男性の不自由さ、閉塞性について考えるようになっていく。

いくら抑え込もうとしても、男は自分のなかの女性を感じてしまうんだ。(中略)かといって、自分のなかの女性を表に出すことも許されない。そんなことしたら自分が男ではなくなると恐れているから。だから抑えつけて、否定して、無視しようとする。

女性らしさって、一般に言われているようなか弱さや感受性、あるいはソフトさとは関係ないんだ。すべてをひっくるめた生きるエネルギーが女性らしさなんだ。男の役割を果たすためにそれを閉め出すなんて、個性を失うどころか、まるでロボットだよ。

何をしたところで、男は自分の弱さや無力さや感情をなくすことはできない。女性的な要素は、誰の心にもあるんだから。

もちろん「男らしさ」を強制するのは男性たちばかりではない。
女性たちも「男は泣くべきじゃない」「男には強くあってほしい」などと言うし、男社会で上を目指すために自ら男性化していく人も少なくない(でないと出世できないから)

…しんどいね。
もちろん、あえてそういう鋳型の中に自分をはめこむことで、生きやすくなる部分もあるし、キャラを演じるみたいに面白がってやれる部分もあるんだけど。
ただ、自分が男らしさに囚われていることを自覚してやっているのか、自覚せずにやっているのかは、けっこう大きなちがいになって返ってくる気がする。

「自分はどっちにもなれるし、どっちでもないんだ」と思えるか、そんな選択肢なんて最初からないのか。

おまけ。Kindle帰宅部。

為末大『諦める力~勝てないのは努力が足りないからじゃない』


元アスリートである為末さんの本。
以前から、ツイートやネットの記事でいろいろと彼の意見を読んでいて、「体育会系には珍しいな」と思っていたので、ぽちっとな。

やればできる、という嘘

これ、なんといっても、タイトルが秀逸だわ。諦める力っていうタイトルだけでかなりインパクトある。
最後の方は、話題のアドラー心理学っぽい内容でしたよ。

特にスポーツ界においては「動機の純粋さ」というものが尊ばれる。日本人はとくに、どんなに不利な条件に置かれても、不断の努力によってそれを克服し、頂点に上り詰めた成功者のストーリーを好む傾向がある。

あぁ、これ、少年漫画の王道ストーリーだわ…。
ちなみに多くの中国人も、日本のアスリートのこういう「物語」が大好きなんだそうです。中国のアスリートは打算的だから…とか。

人は場に染まる。天才をのぞき、普通の人がトップレベルにいくにはトップレベルにたくさん触れることで、そこで常識とされることに自分が染まってしまうのが一番早い。人はすごいことをやって引き上げられるというより、「こんなの普通でしょ」と思うレベルの底上げによって引き上げられると思う。

これ、すごくわかる。
学校だと、教師よりもクラスメイトの方が重要なのよね。仲間の存在が刺激(プレッシャー)になって。

26歳の頃、たまたま中学生の男の子と話をする機会があったんですよ。
その子が進路どうしようかなーという話題になった時、その場にいた私や他の大人たちが言ったのは、
「人は環境に左右されるから、どういう環境を選ぶかが大事やで」
ということでした。

「いまどき大学に行ったって将来の保証もないし…なんて思ってるかもしれないけど、偏差値がそこそこ高い大学に行くと、変な人がいっぱいいて面白いよ。それに周りが勉強熱心で向上心のある人たちばっかりだと、自分もそれに影響されて勉強するようになるから」
「人間ってどこまでもだらけちゃうもんだから、周りにだらけた人しかいないと、自分もどんどん堕落していくよ」
って。

その男の子は今までそういうことを言われた経験がなかったらしく、驚いて「うわー、俺もっと勉強しよ」と言ってた。

多くの日本人は、あまりにも人から選ばれようとしすぎてはいないか。人に受け入れてほしいと思いすぎていないか。
人から選ばれようとすることは、誰かが設定したランキングからずっと抜け出せないことを意味する。

そうね。
「愛されたい」「モテたい」って、他人軸ばっかりだね。
あと、「周りの人に理解してほしい」「周りの人に自分の話を聞いてほしい」って思ってる人がすごく多い気がする。ひとごとみたいに言ってますが私もです。
(他国では「自分は自分、他人は他人だから、そこまで理解されたいと望んでないし、打ち明ける相手がいないと言って悩んだりしない」という人がけっこう多いと聞いたことが)

人間には変えられないことのほうが多い。だからこそ、変えられないままでも戦えるフィールドを探すことが重要なのだ。
(中略)
こういうことを言うと、「じゃあ、別のフィールドに移ろう」と安易に流れる人も出てくる。さしたる努力もせずに移動を繰り返すのは、諦めていいということを何もしなくていいことだと解釈しているからだ。「諦めてもいい」が、「そのままでいい」にすり替わっている。

これ、けっこう大事なことだと思ってます。
自分が今やろうとしてることは、自分が合う最適の場を求めて起こす行動なのか、それともただの逃げなのか、どっちなんだろうって、よく考えるから。

そういえば、昔の谷山浩子の記事でも、似たようなこと書いてましたね。

余談:今読んでる本

恐らく明日、電車の中か、もしくは歯医者さんの待合室で読み終わる。

いやー、片桐はいり、ホンマにエッセイ書くのうまいな!
フィンランドのエッセイも面白かったけど、このグアテマラのエッセイも面白い。
またフィンランドの方を読み返したくなった。