Kindle書評『バベルの謎』と『1001(ナイツ)』

最近あまり夜に時間がないので、平日は夕飯食べたらすぐお風呂に入ってる状態です。
「食後すぐお風呂に入ると消化に悪いから…」とか言ってる余裕がない。かといって帰宅後すぐにお風呂に入ると湯冷めしちゃうからなー…。

趣味の時間があまり持てない分、お風呂のあとはさっさと布団にもぐりこんで、Kindleで漫画を読んでから寝てます。
いちいち本を開いて持つ必要がないし、タップするだけで次の巻を選べるし、消灯後も読めるし、布団に押しつけてもシワついたり折れたりしないし、電子書籍まじ便利。

そんなこんなで、少し前に読み終えた本と漫画の感想いってみよー。

長谷川三千子『バベルの謎 – ヤハウィストの冒険』


何かのセールでぽちった気がするけど忘れた。
こういう本を読むの、けっこう好きだよ…。

この話は誰が書いたのか?

有名な「バベルの塔」の話を、実際に旧約聖書で読んでみると、どうもつじつまが合わない。これは本当に、人間の傲慢さを見とがめた神が人々の言語をバラバラにしたというエピソードなのか?
という疑問点から、この本は始まります。

そして、旧約聖書は複数の著者の文章をつぎはぎして成り立っていること、そのせいで矛盾だらけであること、それぞれの著者によってまったく異なる性格の神の姿が立ち上がることが述べられている。
この本で紹介されているのは以下の通り。

  • J(ヤハウィスト)資料:紀元前900年頃の南ユダ王国にて成立
  • E(エロヒスト)資料:J資料の約100年後の北イスラエル王国にて成立
  • P資料(祭司文書):バビロニア虜囚の直前に成立
  • D(デウテロノミオン)資料:紀元前622年頃の南ユダ王国にて発見?執筆?「申命記」のみ

著者は、主にJ資料を解き明かすことで、「バベルの塔」の謎に迫っていくわけですが、そのために最初の創世記からスタートしている。
なかなか面白いです。

この「エデンの園」の描写の大部分が、古代メソポタミア世界からの借用によっている

「エヌマ・エリシュ」「アダパの物語」など、古代メソポタミアの有名な話との類似点や、それがもつ意味などを解説しつつ、どうしてこの著者(ヤハウィスト)がこの題材を選んだのか、どういう意図でこういうストーリー展開になっているのかを推測して論じている。

「創世記」第一章の「神の創造」のユニークな点はどこにあるのかと言えば、それが「無から」の創造を語っているのと同時に、それを神という創造者の行為として描き出している、というところにある。
(中略)
いったいなぜ「創造者による無からの創造」というかたちをもった創世神話がそれほど「異例」なのか?――理由はかんたんなことであって、それ自体がすでに一つの論理矛盾だからである。
つまり、創造者が居るということは、すでにいかなる意味においても「無」の状態ではない。

ほ、ホンマや…!
ちなみに、無から世界が創られたという神話そのものは、漢族や西スーダンのバンバラ族など、あちこちにあるそうです。

一般に、神と人との結婚の話において、必ず話題にのぼるのは、そこに生まれた子供が不死を手に入れるか否かということ

この神は、かくも熱烈に「神と人との関係」を希求しながらも、ふつうの神ならばすぐに思いつく〈神と人との合いの子をつくる〉という道筋には目もくれようともしないのである。

異類婚姻譚好きな私は、上記の指摘も気になりました。なるほど…不死…。

エ・テメン・アン・キのようなバビロニア期のジグラトは、日干し煉瓦の外側を焼成煉瓦の固い壁が覆った形で作られており、最初期のシュメールのジグラトのように、日干し煉瓦だけでできているのではない。

古代メソポタミア世界にあっては、バビロンの町のジグラトが「エ・テメン・アン・キ」の名をもっていたことは常識であったろうし、そのアッカド語の名が「天と地の礎の家」を意味することも、よく知られていたことであろう。

古代メソポタミアの都市国家を築く上で欠かせない、この巨大なジグラット(塔)が、「バベルの塔」のモデルなのだそうです。

実際、ヤハウェ信仰の土台をなす、「神と民との契約」という考え方自体、「言葉」ぬきにはなり立たないものである。

神というものは、ただ「ことば」という非物質的なものによってのみあらわさるべきであり、また、「ことば」という非物質的な道を通ってのみ、神と人との関係は構築されるべきである――これが彼らの言う「偶像崇拝の禁止」の主旨であり、彼らの宗教のもっとも重要な特質だったのである。

ユダヤ教についての指摘の中で、特に私が面白く感じたのは上記の部分でした。
そういえば、同じく偶像崇拝を厳しく禁じているイスラームも、アラビア語のフスハー(標準語的なもの)を非常に重視していて、アラビア語以外の言語に翻訳したクルアーンは聖典ではなく、あくまでも補助的なものという扱いだったはず。
偶像崇拝が駄目だから、モスクの中も絵じゃなくてアラビア語で飾ってあるよねー。おかげで書道が発達したとかなんとか。

あと、あとがきで非常に笑ったのが、担当の編集さん(平林さん)にものすごく迷惑をかけてしまった…と著者が白状する場面。
ようやく原稿が1年遅れで完成して、初校のゲラが出てきた時、読み返して「これじゃ駄目だ!」と思った著者は、ほぼすべて書き直してしまったらしい。

その無残な「初校ゲラ」を前にしたときの、平林氏の唖然とした顔は忘れられない。「絶句」という言葉があるけれども、人が本当に「絶句」するのを見たのは、後にも先にもその時かぎりである。

いやー…本1冊まるまる書き直されちゃったら、そりゃーびっくりされたでしょうね…。あとの工程が全部ひっくり返るよ…。

杉崎ゆきる『1001(ナイツ)』1〜6巻







以前、セールの時に1〜2巻だけぽちって読んでいた漫画。
ふと思い出したので、再ダウンロードして読み返してみたら、続きが気になってそのまま最新巻までぽちってしまいました。
続きはまだか!

異世界で離れ離れになる兄弟

カスタマーレビューによれば、描き始めた話をなかなかちゃんと完結させられない漫画家さんらしいので、頼むから最後まで描いてくれーと思いながら読んでます…。

高校生の兄弟である七糸(ナイト)と勇高(ユタ)は、生まれつき体に不思議なアザと特殊な能力を持っている。
そのアザにまつわる因縁がきっかけで、ふたりは異世界に吹っ飛ばされて(むしろ連れ去られて)離れ離れになってしまう。
七糸は弟の勇高を探して冒険するんやけど、次から次へとトラブルに巻きこまれ…というあらすじ。

アラビアンナイトをイメージしているので、砂漠や魔神(ジンニー)が出てくるし、人名もアラビア語圏からとっていたりするし(例:ルバイヤート)、タイトルも千一夜物語を意味するとおぼしき1001になっている。
(英語タイトルを見る限り、ナイツは夜という意味ではなく、騎士の方らしいけど)

どっちかというと、ニアBL寄りなファンタジー漫画です。
飛ばされた先の異世界では、七糸は女とまちがわれまくって、男に絡まれては面倒なことになってしまう。
さらに、七糸は実は異世界の王女の生まれ変わりだったという設定なので、前世を知る男性から猛烈なアタックを受ける。
(それに対して「僕は男だから無理だよ!」「きみのこと知らないし全然覚えてない」と言って逃げている)
そのへんの描写がなかなかBL風味でござるよ。

そんなこんなで、あちこちで巻き添えを食らって、七糸がなかなか弟のもとにたどりつけない一方で、弟の勇高は兄と敵対する立場のものに連れ去られ、彼らの手駒として動かされているようですが、はてさて。
どういうオチにするつもりなのかなー。