谷山浩子『天空歌集』は美しいだけじゃなくて面白いアルバムです

先日、こんなツイートをしました。

すると、とあるフォロワーさんから、
「昔のものは廃盤になったと聞いていたのですが、Amazonで買えるんですね」
とリプライをいただいた。

えぇ、そうです、紙ジャケットで復刻しております…!

そんなわけで日々、谷山浩子を布教しようとしているとりさんですが、ここ数日は『天空歌集』のターンに入っています。この歌、このアルバムが聞きたい!っていう気分になると、そればっかり流しちゃうんですよねー。

まだ記事を書いていなかったので、今日は『天空歌集』について語るよ!
1993年のアルバム。
ジャケットの絵は、『カイの迷宮』と同じ早川司寿乃さんです。

のっけから76億年とかぶちかましちゃう「休暇旅行」

1曲目の歌詞が「それから 76億年」で始まってしまう、さすがの谷山浩子ワールド。
地球まだ生まれてないよ!とマジレスしてはいけない。

ますむらひろし『アタゴオルは猫の森』とか、長野まゆみ『天体議会』とか、星やら鉱石やらが身近できらきらと輝きを放つような雰囲気の音楽です。
イントロがね、なんとなくそんな感じなの。
石と星です。

何十億年という時の流れが、またたくまに過ぎ去る世界観。
歌の中で「ふたり」は休暇旅行をしているんですが、多分この人たち、「石のテラスでふたり お茶を飲むだけ」で何億年もかかるよね。
いろんな星を渡って、長い長い旅をしている彼らが、最後に帰るのはどこの銀河なのか。

夜のデートで壮大なことを考えている「約束の海」

2曲目は、谷山浩子の中では比較的普通の歌かなー。
と思ったんですが、よくよく歌詞を見たらそうでもなかった。

ふたりで夜の海を見に行こうよーとか言って、車を走らせてきただけって感じなのに、寄せては返す波に生命の営みを感じて壮大な覚悟をしている「わたし」。
ちょ、考えすぎ…!

中でも気になるのが、後半のこの部分。

どんな時代 どんな嵐にも
たとえどんなに つらい時でも あなたの手は離さない
わたしの中で わたしが目覚める
あなたに出会えた 約束の海 約束の岸辺

ね、ねえ、何があったの?!
なんか借金でもかかえてるの?それとも両親に反対されて駆け落ちする前夜なの?

特に「わたしが目覚める」って、いったい何が覚醒したんでしょうか。
陳腐なことを言うなら、愛のために見知らぬ自分が目覚めて…とかですけど。

「人魚が歩けない」で、あなたと一緒に歩くために魚のうろこを捨てた人魚姫の後日談がこの歌である…とかどうかな。「人魚は歩けない」の方が新しい歌だけど。
陸に上がった人魚姫が、男と夜のデートに来て、故郷の海に決別したシーンなのだ…というとんでもない解釈を今、思いついた。

人魚姫と人間、種族は異なれど、「同じひとつの 混沌から みんな生まれてきた」。
海の生き物としての自分を捨て、新たな「わたしが目覚める」。
そりゃもう、普通の恋愛とは覚悟がちがうよね!

※「人魚は歩けない」は、以下に収録されてます。

「トマトの森」は宇宙につながる無限の森

カゴメのイメージソングだそうです。
子どもたちと合唱したくなるような、みずみずしい朝を思わせる歌。
実際、ひばり児童合唱団がコーラスに入ってる。

普通のさわやかなCMソングだってつくれるんだぜ!って感じで、浩子さんがシンガーソングライターとしての力量を発揮しておりますが。
やっぱり、歌詞に「宇宙の彼方の風」とか入れてくるんだよね、これが。
円環とか流転とか、そんな言葉を連想する歌詞が、さりげなく入ってる。

トマトの森という名前に、だまされてはいけません。
トマトだけじゃなくて、多分いろんなものがあるから、その森。
へたをすると、森の中心に「永遠の水が湧き出す泉」とかありそうだから。

いつまでも「小さな魚」でいられると思うなよ

このアルバムの中で、最も「普通の歌としていい感じ」な歌。
私は今よりずっとよくなって、いつかあなたに会える…という前向きな雰囲気。
実際、身の回りで布教した際、普通の人に1番ウケがよかったのは、この歌でした。

うん…いい歌なんですよ、この歌。
ただ、個人的には、「いつまでも小さな魚でいられると思ってたら、そのうちタイミングを逃しちゃうんだな…」という妙なイメージがついてしまった歌です。
きっかけは、2008年のライブアンケート↓

「小さな魚」大学のころ大好きで、そういう恋をしようと思っていたのですが、10年以上たった今も、未だに「あなた」にたどりつけません(泣)もうすっかり大魚ですよね。(匿名・33歳女・事務?)

前向きに歩いていくだけじゃ、駄目なんだよなー。

狂っちゃった自分を誰かが笑いながら見ている「三日月の女神」

普通の人にもウケる歌を歌った直後は、谷山浩子の変な部分が全開になる5曲目です。
大好き…!

三日月の姿をした奇妙なものに取り憑かれてしまって、何かが狂っちゃうんだけど、曲そのものはどこか楽しげ。浩子さんの歌い方も、わくわくしながらそれを眺めているような感じ。
一貫して、狂っているのは「きみ」であって、一人称ではない。
狂っている「きみ」を高みの見物している人が、別にいるのです。

昔から、嫉妬でおかしくなった人の歌なのかなーと思ってます。
嫉妬しちゃう自分を止めたくても止められなくて、八つ当たりで何の害もないハトを憎んじゃったりして、自分の中で世界を爆撃して焦がし尽くしていく。
なのに、自分がおかしいことに気づけない。

だから、「もう誰もきみを好きじゃない」。
そんなひどい呪いの言葉を吐きながら、「きみ」を眺めている誰かさんは楽しそうです。

ちなみに、BGMの「トン、タン、トン、タン」という音が、微妙にはずしたリズムで流れるため、そのへんを暗記した状態で歌わないと、うっかり乗り遅れてしまう。何気に歌いにくいです。

子どもの頃に夢見た世界へ行きたいけど行けない「クルル・カリル(扉を開けて)」

イギリスの児童文学っぽい。もしくは坂田靖子の『闇夜の本』みたいな雰囲気。
普通の日常生活と地続きで、ふっとファンタジーの世界に足を踏み入れちゃうの。夜の決まった時間に窓を開けると木々や動物が会話する世界に行けるとか、そういうお話みたい。

「パジャマの樹」に似てるなー。
※以下に収録されてます。

ただ、「パジャマの樹」とちがって、この歌の「きみ」は、ファンタジーの世界へ行くことができない。
夜になれば向こうの世界へ行けるのに、すっかり眠ってしまって起きられない。
もしかしたら、大人になっちゃったのかなー…仕事が忙しいとか…。
あるいは、いまどきの子どものように、学校のあとも塾に行ったりして疲れてるのかもしれませんね。

浩子さんが透き通るような歌声でコーラスしているパートもあって、美しくメルヘンチックな歌です。

失った愛などまるごと消したい「光る馬車」

「クルル・カリル」の直後、突然のドロドロソング。
前も思ってたけど、浩子さんはドロドロした歌の前後に、さわやかな歌とか、かわいい歌とか入れてサンドイッチしてくる傾向があるよね。

じっとりと「あなたの影」を見つめ、ひとりになったあとも、かつて「あなた」が自分にかけてくれた愛の言葉を脳裏でエンドレスリピート。

あなたの思い出に わたしを残さないで
あなたの記憶から わたしをすべて消して

実は『銀の記憶』に入ってたドロドロソング「鏡」の場合と同じで、このアルバムも中学時代に初めて聞いたんですよ。
そんでもって、「光る馬車」がドロドロソングだとはまったく思ってなくて、当時はノリノリで歌ってました。
「せやなー、いっそ記憶から消えたいやんなー!」なんて言いながら。

なんかこう、あれですね…「1か0か」の思考回路ですよね。失恋の痛みのあまり、極端なこと言っちゃう。愛がないならいっそまるごと消してくれっていう。
でも、生きることは、1でも0でもない、白でも黒でもない、どっちつかずの中途半端なグレーゾーンをかかえながら、落ちてしまわないようにバランスを保って、ゆるゆると歩いていくことなのだよ。

淡々とかわいらしく歌うのに悲しみが増す「マギー」

漫画のイメージアルバム『楠劇場』への提供曲。
この歌については、2年前に記事を書きました。

あれから2年、今では「自分のお葬式に読経が流れるのは嫌だ」とか思わなくなった。ちゃんとしたお寺で読経を聞いてると、声がよく響いてトランス状態になるんですよね。読経も面白いなーと思ってる。
それはさておき。

音楽も歌声もかわいいのに、悲しい歌。
上野洋子のバージョンよりも、伸びやかな浩子さんの歌声が、いっそう悲しみを引き立たせる。
大好きな歌です。

ブログを書くために聞いてたら、泣いてしまいました。
(こういうことを書くと、たいていファン以外の人にはドン引きされる)

傷つきやすい人に送る「やすらぎの指環」

これも比較的、普通の人にウケる歌かもしれない。どうかなぁ。
と思ったら、杉本理恵への提供曲だそうです。
きれいな音で、これも透き通った歌声が堪能できる歌。

悲しくてたまらない時は、ここへ来て…と歌う、ファンタジックな癒しソングなのですが。
癒しであれども、励ましソングではない。
ここへ来れば癒してあげるよと歌うけれども、そのままのあなたでいいよと肯定してくれるわけではない。
(そのままのあなたでいいよ系は、J-POPにありがち)

しかも、癒しを求めていく旅路には危険がひそんでいるらしく、

けれどもそのあとはもう 妖しい闇の誘い
あなたを迷わせる 小鳥に気をつけてね

と、おだやかならぬ歌詞が続く。

なんか…寓話的ですね。
傷ついていて自分を癒そうとする時に、手っ取り早く飛びつけるものとか、安易ななぐさめに手を出してはいけないよっていう。

2014年5月17日20:10追記
catolさんから情報提供いただきました。

「ひとみの永遠」はいつまでもあなたを覚えている

大正製薬の目薬「アイリス」のCMソング。
さすが、これもさわやかな歌です。

私の中では、犬が家の前で、仕事へ出かける飼い主を見送っているイメージ。
目薬、全然関係ないけど!

犬がお別れを淋しがって、自分をなでてくれる飼い主にしっぽを振って、あとは遠ざかっていく飼い主の背中を、丸い瞳でじっと見つめている。
犬は、飼い主を忘れない。ずっと忘れない。

歌詞が短いので、曲も短いような錯覚を受けてしまうのですが、普通に4分ありました。
むしろ3分半で終わる「マギー」より長い。

最後に

『天空歌集』は、当時37歳の浩子さんが、初恋の人であるN氏(中西さん)と再会した年のアルバムだそうです。
(その後、浩子さんはN氏と結婚した)

でも、そんなこと置いといて、ただ歌の美しさと、よく聞いたらどういうこっちゃねん的な歌詞の面白さを楽しんで聞けばいいと思う。
おすすめですよ!