Kindle書評『ワタシは最高にツイている』『ここは退屈迎えに来て』『冬戦争(ソフィン戦争)』

Kindle端末に残っていた積ん読を、あらかた消化しました。ぜいぜい。

あと残ってるのは、なかなか進まないリサ・ランドールの『ワープする宇宙』と、宇宙の写真集、そして何冊もの洋書…。このへんは読み終わるのに時間かかりそうだ。

でも、この記事を書き終わったら、消化し終えた積ん読本は全部消しちゃうし、端末の中がすっきりするわー。うれしい。
んでね、もっぺん読み返したい本を選んで再ダウンロードするの。楽しみ。

ではでは、残ってた本の感想いってみよー。

小林聡美『ワタシは最高にツイている』


自分の中で勝手に「脱力系女優」と呼んでいる小林聡美のエッセイ。
三谷幸喜とは離婚してしまいましたが、このエッセイはまだ結婚している時に書かれたもの。
表紙の絵が好きだなぁ。

実は捨てたい病に通ずるところのある人だった

愛犬と一緒に山荘へ行ったり、園芸熱に浮かされたり、映画の仕事でフィンランドや南の島に行ったり、女性向けの自己啓発本を読んで自分に暗示をかけてみたり、仕事の量がほどほどのバランスだと健康になれることを発見したり。
そんな日常が、カタカナ多めの文章でつづられてます。

興味深いのは、小林聡美がモノを捨てまくるたちだということ。

小林聡美がいろいろな思い出をすぐに忘れてしまう一方で、彼女の友達はいろいろな思い出を覚えている。
それをうらやましいと思う反面、思い出の品をごっそり持ち続けるのもちょっとなぁ…と考えながら、彼女は家の中を掃除しまくるのである。当時の夫・三谷幸喜の私物が少々不便なくらい家のあちこちにあふれかえっていて片づけられないという話も、ちらりと書かれている。

そう、ワタシだって、感動も驚きもするのだ! 問題は、それを忘れてしまう、という点なのだ。そして、かなり年上の友だちから『モノを捨てるという行為は、即、自分の過去と決別したいという願望の表れである』という話を聞いて、納得したのである。ワタシは本当になんでも捨てたがるので、よっぽど過去と決別したいらしい。

これから先は、『モノは捨てるが、感動は捨てず!』をモットーに、どんどん捨てて、どんどん驚いて感動してゆきたいと、希望します。

映画「かもめ食堂」のロケでフィンランドに行った時は、ホテルに滞在し、必要最小限のものしか持たない暮らしに快感を覚えている様子。

それはそうと、たったこれだけの荷物で生活できているという事実。これはすごいことだと思う。東京での、あの、モノの山に埋もれて暮らす生活は一体なんだったのだ。今、ワタシは非常にすがすがしい気持である。

結局、生活していくということはモノが増え続けることなのだなあと今更ながらあらためて実感している。

かなり、のんびりと読めるエッセイでした。軽すぎるくらいに軽やか。
そしてあとがきでは、「あーだこーだ書いたけど、そういうのも今では全部忘れちゃってどうでもいいや」みたいなノリ。あぁ、この人、本当に忘れちゃうんだなぁ。でも、うらやましいかも。

忘れてしまうこと、手放してしまうこと自体は、別に悲しいことでも悪いことでもないよ。何を忘れてしまうのか、何を手放してしまうのか、それが問題。

山内マリコ『ここは退屈迎えに来て』


ずっと前に、日替わりセールでぽちった小説。
「うちらの物語」「これがロードサイド小説」「地方の暮らしそのまんますぎて共感」などなど、いろんなところで評判を聞いていて、少し身構えてたんやけど、するっと読めた。いやー面白かった。

迎えに来てほしいけど、自分からは都会に行けない

とある地方を舞台にした短編集。主人公はそれぞれ若い女性か女の子(もしくはそれに準ずる人)なんやけど、どの話にも共通して「椎名」という男が出てくる。そして、本を読み進むにつれ、登場する椎名はどんどん若くなっていく。
物語は、さまざまな主人公が味わう「現代の地方の暮らしぶり」「田舎から出られない若者の閉塞感」を描きながら、少しずつ椎名の過去を間接的にさかのぼっていく。

どの主人公にとっても、おおむね椎名は「自分のくそったれな青春の中ですごく輝いていた、あっち側の男の子」であり、「甘酸っぱい初恋の相手」なのだが、田舎における若者の老け方は非常に早く、のっけから椎名は田舎社会に順応しちゃった妻子持ちのおっさんになっているのである。
かつては輝かしい青春のオーラを放つスターだった椎名が、特別なオーラを失い、田舎のおっさんになるまでのいきさつを、時計の針を戻すようにちらちらと見せながら、椎名と関わっていた女性たち、女の子たちの、人生のひとこまを切り取る。
そんな短編集でした。

最後の方の話だと、高校時代にまでさかのぼっていて、「エロいことに興味はあるけど肝心の好きな人がいない」「つーか処女は捨てたいけどチ×コは嫌だ、キモい」みたいなことを言い合う女の子たちが出てきて、そのあけすけな会話に共感して笑ってしまった。

やっぱ、他の地方に住む人たちにとって、東京というのは、それだけで華やかなイメージがあって、嫉妬とあこがれとその他いろんな感情を呼びさます名前なのだろうなと思った。
谷山浩子ファンの私にとっては「ライブで行く場所」にすぎないし、京都人の私にとっては「対抗意識を覚える場所」だけれども。

しかし、タイトルのセンスがいいよね。
まず本のタイトルが『ここは退屈迎えに来て』だし。田舎に退屈してるけど、自分から都会に飛びこんでいくほどの度量はなくて、あこがれてるだけで終わる。もしくは、がんばって都会に出てみたけど、結局は田舎に戻ってきちゃった。

短編のタイトルも「私たちがすごかった栄光の話」とか、「君がどこにも行けないのは車持ってないから」とか。君がどこにも行けないのは車持ってないから!そのまんま!!
彼氏(滋賀の田舎出身)に見せたら、「せやで。車なかったら、どこも行けへんし、なんもできひんねんで。バイトすら見つからんねんで」と真顔で言ってました。

行きたいところに行く、かけたい音楽をかける、自分だけの空間

私の中で1番強い印象を残したのは、その「君がどこにも行けないのは車持ってないから」という短編だった。

誰にも頼らないで生きていこう。誰にもっていうか、男に。行きたいところに自力で行って、したいことをする。誰にも貸し借りはなしで、後腐れもなく。
とりあえず車だ。移動手段だ。最悪なあたしに必要なもの。

私は車の運転が本当に嫌いで、嫌いだからペーパードライバーのまま三十路になった結果、燦然ときらめくゴールド免許を持っている。都会に住んでいる限り、車はなくても生きていけるし、土地代が高いので、むしろタクシーを駆使する方が安いくらいだ。終電までに帰るからタクシー乗らないけど。

それなのになんで免許をとったのかというと、母が強くすすめたからだった。
「非力な女ほど、車の免許をとるべきや。体力がない分を、機械で補うんや」
と強い口調で母は言い、
「この年になったら、夫も子どもも言うこと聞かへん。言うこと聞くのは車だけや。右行け言うたら右行くしな」
と言って笑う。

運が悪いことに、道が狭いくせに交通量が多くて一方通行の道も多い京都は、運転初心者にとってハードルが高い3大都市のひとつである(残りは人口過密の東京と、交通マナーがアレな大阪である)
だから、いまだに私は運転するのが怖くてたまらず、ペーパードライバー歴を更新し続けているのだが、もし田舎に生まれ育っていたら、そんなこと言ってられなかっただろう。

車がなければ、自由も手に入らない。
お金がなければ車も買えないし、保険もガソリン代も払えない。親が子どもの車の分まで払ってくれれば、フリーターでも無職でも自分の車を維持できるが、そんな余裕のない家庭だったら、車はひとり1台ほしくても持てない。でも、ひとり1台の車がなければ就職できないのだ。

車さえあれば、田舎は都会に比べて生活費がかからないのかもしれないが、車がなければジリ貧で、どんどん悪循環になっていきそうだな、と思う。

山崎雅弘『冬戦争(ソフィン戦争)』


冬戦争に興味があって、ぽちった1冊。
著者のツイートをちょくちょく見かけていたので、ふと興味がわいてAmazonの著者ページを見たら、コンパクトにまとまった歴史関係の本がいっぱいあったわけですよ。

マジでコンパクト、予備知識用の1冊

びっくりするくらいコンパクトです。ささーっと終わります。
あと、横書きなので読みやすいです。社会の教科書みたい。

実を言うと、シモ・ヘイヘにちょっくら関心があったという、よこしまな心でぽちった。でも、冬戦争の流れと、冬戦争がその後の戦争にもたらしたあれこれについてを、とても簡潔にまとめている本だったので、シモ・ヘイヘは出てきませんでした。
むしろ、シモ・ヘイヘのインタビューとか、そういう本を手にとる前に予備知識として読んでおく感じの本だった。
150円だし、妥当かなーと。

最後に白状する。ソフィン戦争って、ソフィンっていう地名があるのかと思ってたけど、「ソビエト・フィンランド戦争」の略だったね!恥ずかしい!