ネットで文章を書く時、方言よりも標準語が多くなる理由

先日、方言についての記事を書きました。

すると、東京出身の犬子さんから、こんなリプライが。

方言はアイデンティティと強くつながっている。自分がどこの人間なのかを知らず、どこから来た人間なのかが誰にもわからないなんて、そんなのアンデンティティも何もないじゃないか…。母が幼い頃の私を叱り続けたのも当然ですよ…。
というのが私の考えなので、「方言はアイデンティティなの?って、すげー質問やな。東京の人間はそれだけ無自覚に『標準語が正しい日本語』って思ってるんやろな」と感じた。

そんなことはおいといて、もうひとつの質問。
「ネットで方言を使うか否か」について。

書き言葉と話し言葉は全然ちがう

誰もがケータイやネットで気軽に自分の言葉を書いて発信できるようになり、最近では忘れられがちなことですが、書き言葉と話し言葉は、全然ちがうものなのです。

たとえば、日本人として日本で生まれ育ち、日本語でしゃべって生活していても、日本語の文章がちゃんと書けるとは限らない。
日頃まったく本を読まず、高等教育も受けてこなかった人に文章を書いてもらうと、「見た目は日本語だけど、日本語としてスムーズに読み解けない文章」だったりする。てにをはが不自然、一文がダラダラ長すぎる上に主語と述語のつながりが変、この文章の構造だと最後は肯定表現が来るはずなのに来ない、とか。

母国語だからといって、誰もが母国語でまともな文章を書けるわけではない。書き言葉には、ある程度の訓練(教育)が必要だから。

そして、学校教育での朗読や作文は、標準語で行うのです。

方言を文字にしてしまうと…

んでもって、方言は話し言葉なんですよ。
話し言葉だから、既存の日本語の文字では表現しきれない発音もあるわけ。それに単語や語尾も、地域によっていろいろと変化するでしょ。

それを書き言葉にすると、多分、よその地域の人には読めない。
実際に話してるのを聞くと、アクセントでなんとなくわかる時もあるけど、書き言葉になっちゃうと、そのアクセントも消えてしまう。

読みやすくすることはできるんです。
たとえば、同じ意味の漢字をあてて、ふりがなに方言をあてたりしてね。
耳慣れない方言だと、どこが文節なのかもわからなくなるから、単語と単語のすきまを頻繁にあけたり、句読点を増やしたり。

でも、やっぱり読みにくい。
最終的には、いちいち標準語の訳をつけることになる。

そんなの、手間かかるよねー。
ネットで自分が書き散らす文章に、いちいちそんなことするの、面倒くさい。

以前、なぜか私のブログがコピペサイトに転載された時は、「関西弁を使いやがって読みにくいわ」みたいなコメントをつけられてた。
書き言葉の方言って、読みにくいんですよ。

だから私の場合、出版されている本や、ネットのメディアでよく見かけるスタイルの書き言葉を使うことになるの。つまり、基本的には標準語。

逆に言うと、私の中では標準語イコール書き言葉に近いかもしれんなー。
「公式の場で使うための日本語」って感じ。敬語みたいに。

余談:実際に方言を書き言葉にしてみた

こないだリュック買おう思て四条烏丸行ってんけどなー、めっちゃ寒かって、スカートやったし足めっちゃ冷えて、ふとももつめたなってん。
んでお腹も痛なってきて内心めちゃ困ってんけど、お昼食べよう思てた店が、前にデートん時入ろうとして混んでて入れんかった店やったしさぁ、彼氏も楽しみにしてはってん。

せやしお昼食べたらマシなるかなー思てそのままお昼食べてんけど、お腹痛いしあんま食べられんかって彼氏に残り食べてもろてんや。んで店出たらめっちゃ寒いしどんどんお腹痛なってきて、めっちゃ背中丸めて猫背なって。
結局そのまま近くのビル入ってトイレで20分くらいうんうんうなってて、そのへんのドラッグストアで彼氏に貼るカイロ買うてきてもろてお腹貼って、とにかくまともに動かれへんからそのまま帰ったわ。
リュック買えへんかって、彼氏にも迷惑かけてしもて、ホンマにお腹冷やしたらあかん思たわ。

整骨院行った時に、整体師さんにそれ言うたら、冷えは女の敵ですからねぇ言うてはった。
せやでー、お腹冷やしたらあかんねんで!
気ぃつけて、数日はお腹に貼るカイロ貼っててん。

…何を方言で書こうか迷ったんですが、とっさに思いついたのが、かなりしょうもない話でした。