Kindle書評『自衛隊メンタル教官が教える 心の疲れを取る技術』と『性欲の科学』

2014年になりました。あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします…いきなりKindle書評の記事です。

昨夜は22時半に寝たので、母に「おやすみー。また来年に会いましょう」と言われたでござる。
大人になると、大晦日の夜更かしに、何の特別感もありがたみも湧かなくなりますね…。とっとと布団に入って、年が明ける頃には意識を失って眠りの中でした。

昨日はN響の第九を見たし、今日はウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートかな…。そこだけ真面目にテレビ見てる。ウィーン・フィルは録画だったりするけど。ここ何年も、クラシックに傾倒している我が家。

では、読んだ本の感想いってみよー。

下園壮太『自衛隊メンタル教官が教える 心の疲れを取る技術』


日替わりセールでぽちった1冊。
自分は鬱になりやすい性格だという自覚があるのです。
さらに今の職場でも繁忙期につぐ繁忙期とか、そこにでっかい新規プロジェクトが複数ぶつかるとか、長時間労働の常態化とか、そんな状態が2年くらい続いてましてね…。人数を3倍くらいに増やしたけど追いついてない。
そりゃー、疲れをとる方法、気になるわ。

大切なのは、早い段階でやすむこと

この本では、ムリ・ムダ・ムラの3つの切り口を用意して、なぜ精神的に疲れてしまうのか、それがどんな弊害を生むのか、どう対処すべきなのかを解説してます。

不思議なのは、それほどムリをする必要がないように思える状態でも、人間は自分を追い込む癖があるようだ。

あるあるあるあるー!
その方が「俺、がんばってる」って思えるんよね。よくないんだけど。

ムリを重ねがちな人は、この短期目標を連続させて、走り続ける人が多いようだ。
言い換えれば、3000mを走るのに、最初の100mを全力で走り、次の100mも同じように短距離のスピードで走る。もちろ3000m走なのでその間に休憩はない。それを30回続けようとしているのだ。ムリが溜まりやすくなるのも当然だ。

ぎくっ。

不幸なことに、「自分が悪い」と思っている本人に、「君の考え方が悪い」という指導は、理屈としては受け入れられやすい。だから、自ら自己啓発関係の本を読み漁ったり、セミナーや宗教に助けを求め、そこにのめりこむこともある。
多くの場合、そこに救いはない。

しかし、多くのうつをサポートしてきた私が強く感じるのは、休ませてムリから回復すれば、自然に性格が良くなる(もとにもどる)ということだ。性格を良くしようと努力すればするほど、ムリから脱出できない。

これは実感としてわかる。
おかしくなってる時って、自分ではどうしようもないんよね。
元気になって初めて、「あの時の私ホンマにしんどかったんやな。どうかしてたわ。今ならもっとまともな対処ができるのになぁ」って気づくの。

本(本書も含めて)などに書かれている情報は、真実ではなく、単なるその人(著者)のコツである、と割り切る必要がある。合うところは活用し、合わないところは、受け入れないという冷静さが必要だ。

合わないところはすぐ忘れてしまうので、結果的にそうなっている私…。

良いリーダーは、言っていることが正しい。やりがいのある仕事も与えてくれ、それを評価してくれる。みんな団結するから、仕事が楽しい。
少々つらいと感じるような時でも、リーダーはもっと頑張っている。とても良い人だし、掲げている理想もわかる。誰もそれに異議を申し立てられない。
だから、ムリをしがちになるのだ。

うちの職場、まさにこういう感じです…。
(リーダー超がんばってる→あの人たちを支えよう!って感じで皆もがんばる→共倒れの可能性)

どんな感情でも、大きなエネルギーを使っているのだ。

感情にあまりふり回されないこと、湧きだした感情(特に怒りなど)をなるべく短く終わらせて対処して次に引きずらないことの大切さについても述べています。
感情のせいで、精神的に疲れることも多いからです。たとえ喜びなどのプラスの感情であっても。
これも非常によくわかる。

また別の記事で書きたいと思っているのですが、彼氏を見ていると、感情をゆらしすぎないよう、厳密な線引きをしてる感じがする。スポーツやドラマを見ててもぜんっぜん感情移入しないんですよ。新人研修のニュースを見ただけで緊張する私とは両極端です。

自分を責める苦しさや、自信のなさの不安を感じないようにするために、他罰的に考えることを学んでしまった人もいる。つまり、対人の怒りの裏には、自責や自信のなさが隠れていることが多いのだ。

あるある。自分が悪いと思ってた方がいいとか、その方が謙虚に見えるから自分をおとしめておこうとか、よくある。

「新型」というのは、ドクターと社会にとって「新型」というだけで、うつの人を多く見てきた私には、特に新型には思えない。
というのも、うつの症状自体は、変わらないからだ。

人口の5%から10%を占めるようになった蓄積疲労型のうつは、「疲労」によって生じている。疲労しきった体を休ませようと、無意識が必死に引きこもらせようとしている姿が、「うつ」として表れていると考えてもらっていい

「新型うつ」について非難する声や、「あんなの本当は鬱じゃない」という意見も多々見受けられますが、それは彼らが若者であるがゆえに起こりやすい誤解である、と説いています。
若くて比較的エネルギーもあり、会社での暗黙の了解を知らないがゆえに、遊ぶことでなんとか気分転換して元気を出そうとしたり、一足飛びに休む権利を使おうとするから理解されにくいだけだ、と。

今は若くてエネルギーがある頃から疲労を溜めて鬱になる人が増えており、すでに中学生の25%が鬱だとか。自分の中学時代を思うと、確かに不安定な年頃だし、人間関係で疲れやすいし。鬱になってもおかしくないよな。

このように、ムリやムダ、ムラを予防するには、人を動物としてみて、エネルギーをコントロールするという視点を習得する必要がある。
それに役立つのが、スケジュール管理の工夫である。

休むべき時期が来たら、クールに「仕事として」休息しなければならないのだ。

スポーツ選手と同じですね。

逆に言えば、10の力があっても、7か8の行動しかとらないという事だ。

幸か不幸か、子どもの頃からやせていて体力のないとりさんは、常に6割か7割くらいのエネルギーで生きてます。やばそうだなと思ったら、早めに倒れてしまう。全力は出さないし、出せない。
やせていて体力はないけど長生きの家系なので、多かれ少なかれ、先祖もそういう生き方をしてきたと思われる。ほそーくながーく…。

ムリ・ムダ・ムラを「病気」とみる前に、エネルギー低下とみてほしい。病気なら薬だろう。しかし、エネルギーの低下なら、休養や安静、刺激から遠ざかるなどの処置がどうしても必要なのだ。

疲労や体の苦痛で、ブレーキがかけられる。すると、まだ心は楽なまま、エネルギーコントロールができるようになる。それを目指すのだ。  実はこれは、アルコール依存の予防と同じメカニズムだ。単純な医学的な理屈からいえば、アルコール依存になりやすいのは、もちろんアルコールに弱い人だ。しかし実際は、そんな人は体が受け付けないので、普通に飲む限り、アルコール依存になるほどは飲めないという。だからむしろ、アルコール依存にはなりにくいのだ。

体の不調に敏感になること。それが大事。
すぐ疲れや痛みを感じて休んでしまうというのは、ぱっと見、弱くなったように見えるけど、その方が早い段階で疲れをとることができて、結果的に長く活動できるようになる。

人間の限界を過信しちゃいけないよね。

オギ・オーガス、サイ・ガダム『性欲の科学 なぜ男は「素人」に興奮し女は「男同士」に萌えるのか』


紙の本で買ったら面白くて、Kindleの月替わりセールで買い直した1冊。
紙の本の時にハイライトつけたいなーって思ってたところを、ハイライトつけまくりながら読み返しました。
そのへん、やっぱKindle本は便利だなぁ。

ハンターと探偵団の攻防

ネットの膨大なポルノサイト、検索ワード、ブログ、ロマンス小説サイト、二次創作(ファンフィクション、スラッシュ小説)のサイトを分析して、男女の感じ方に横たわる溝や、ゲイとストレートの共通点と相違点などを紹介している本です。

オギとサイはそうした心理を、エルマー・ファッド(自分好みの獲物を見たら、狙いを定め、アタックする。それをいつまでも繰り返す、発射するのが大好きなハンター)と、ミス・マープル探偵団(男が自分にふさわしいかどうかを見極める女性の脳のソフトウエア)にたとえている。

エロい!と思ったらすぐにスイッチが入る男性の脳と、相手をあれこれ品定めしてからようやくスイッチが入る女性の脳について、この本ではそれぞれ「エルマー・ファッド」「ミス・マープル探偵団」と名づけている。
なんで女性がいちいち品定めするかというと、もちろんセックスが妊娠・出産・育児に直結するからである。

男性が性的興奮を覚えるときは、頭と体がはっきり連動している。しかし女性は連動しないのだ。なかには、女性の身体的興奮と心理的興奮の連動性が非常に低いので、女性の愛液の分泌は、女性のほんとうの気持ちの判断材料にはなりにくいと主張している学者もいる(*17)。

逆に言うと、「この男、すごくいい!」と興奮してすぐに寝るような女は、駄目な男を引っかけてリスクを背負う確率が跳ね上がるので、体の興奮と気持ちを切り離して「この男、ホンマにえぇんか?」と冷静に分析する女が生き残ったのである。
…あれ…なんか現代社会でもよく見る構図…。

最近のDNAの分析結果によれば、人類の歴史を通じて、女性のおよそ80%が子どもを残している。男性はたったの40%だ。この数字は、複数の女性と子どもを作れた男もたくさんいたが、男の半数以上は、子どもが1人も残せなかったことを意味する。

oh…

おもしろいことに、男も女も、自分のセックスの相手に対して、勝手な思い込みがある。男は、相手の女性が官能的なエクスタシーを感じるのは、自分だけの手柄だと思い込む傾向がある。一方、女は「愛している」という言葉にだまされやすい。

日本の男女だけじゃなかったのね。

では、ゲイの男性にとって、ストレートの男がそれほど魅力的なのはなぜだろう? それは、ゲイは「男らしさ」に惹かれるからではないだろうか?

おそらく、男性は生まれるまでに、脳のソフトのなかに二者択一的な「性別の好み(*6)」が準備され、「男らしさ」と「女らしさ」のどちらか一方に反応するようになっているのではないだろうか。

学者たちは、以前は、アンドロゲンのひとつであるテストステロンが妊娠後期に減少することが、ゲイの脳の「女性化」の原因ではないかと考えていたが、今では、事態はそれほど単純ではないと考えている。実は、テストステロンの過多が最終的な原因のようなのだ。

オネエキャラの芸能人ばかり見ていると忘れそうになることですが、ゲイの世界では、ガチムチマッチョ!ヒゲ!みたいな、実に男らしい外見の人がモテる。
ゲイの友達(中性的な顔立ち)は、「かわいいって言われても、こっちの世界では全然モテないからね…」と言ってました。

アメリカでは「パラノーマルロマンス(超常能力を持つ生き物が登場するロマンス小説)」は絶大な人気がある。

古いところでは、アン・ライスの『夜明けのヴァンパイア』『ヴァンパイア・レスタト』に始まるVC(ヴァンパイア・クロニクルズ)ですね!
最近だと、ステファニー・メイヤー『トワイライト』シリーズな。

日本語のKindle版、なぜかまだ出てない。
これの同人小説として生まれた『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』はKindle化されたのにね。

パラノーマルロマンスは、日本のBLでもいろんなパターンがあるね。吸血鬼とか狼男とか、異世界の半獣人とか、田舎の神社に古くから棲んでる半妖の神様とか、狐憑きと狐とか、天使と悪魔とか、なんでもありですよ…。ラノベにもそういうの、たくさんあるよね。
そのへんの解説つきで、翻訳して輸出すればいいんじゃないかな。エキゾチックとか言われて、一部の人に超ウケそうな気がする。

そうしたストーリーは日本では「やおい」(あるいは「ボーイズラブ」)と呼ばれ(*30)、ライトノベル『富士見二丁目交響楽団』やコミック『てのひらの星座』などがよく知られている。

富士見シリーズはわかるけど、漫画の代表例が、そこ?!

Tガールポルノやパラノーマルロマンス、スラッシュ小説、変身小説といった、エロティカル・イリュージョンを生む作品は、世間には気づかれていないが、人間のイマジネーションが生み出した最高傑作なのだ。
(中略)
こうした作品のおかげで、エロチックな体験についての隠れていた真実が明らかになった。それは、知覚したセクシュアル・キューを結びつけてひとつの体験にまとめるのは、人間のイマジネーションだということだ。

性的なことというのは、たいていの人にまだ残されている唯一の冒険可能な領域なのだ。

ふむ。確かに、いろいろありすぎて面白い。自分が全部に共感するかと言われたらもちろんちがうけど、「人間ってすげーな…」と思う。

他人の性的欲望を理解する一番の妨げとなるのは、性別(や性指向)が異なる人は、自分とは根本的に違っているという事実を無視することだ。僕たちはみんな、無意識のうちに、ほかの人たちも自分と同類だろうと思い込んでいる。
(中略)
ほかの人たちのもっとも本質的な性的欲望が、自分とは違っているというのは受け入れがたいことなのだ。だからその事実に直面すると、自分とは違う性的欲望を、異常なものとか危険なもの、有害なものとして片づけてしまう。

なかなか理屈では説き伏せられへん部分ですよね。
生理的に無理!って思っちゃうとね。

その他、弟に借りて読んだ紙の本

年末は他にもいっぱい読んだー。弟が貸してくれたものを一気読み。


BL小説。Kindle版も出てた。
句読点がけっこう多め。タイトルうまいなー。
数々の女と浮き名を流してきたイケメンリーマンが、取引先の男に初恋して強引に落としにかかって最後はハッピーエンドという、BLやハーレクイン(ロマンス小説)で非常によくみる王道パターンです。


BL漫画。Kindle版と紙とでは表紙が異なります。
絵がすっきりしてて見やすかった。高校生のお話。


BL漫画。草間さかえ、久々に読んだー。
里村書記官が好きです。


最近、フィギュアスケートの本をよく読んでいるらしい弟。
ヨーロッパ貴族の趣味であり、アジア人よりも白人の方が高く採点されていたフィギュアスケートの世界を、伊藤みどりの登場が大きく変えたこと。
さまざまな先人の足跡によって、日本では長らくマイナー競技であったフィギュアスケートがようやく人気を博し、世界で戦える選手も次々に出てきたこと。
そのへんの話がコンパクトにまとまってます。2010年の本。