Kindle書評『結婚の条件』と『結婚の才能』

結婚しないまま、三十路に突入したとりさんです。こんばんは。
未婚率も上がり、晩婚・非婚が進む昨今ですが、現在の職場はベンチャーに近い小さな会社でありながら、既婚者や彼氏彼女持ちが非常に多いです。
しかし、仕事が忙しすぎて、ほとんど「家族がいる人のにおい」がしません。果たして出産する女性が現れるのだろうかと疑っているほどです。

それはさておき、結婚。とってもデリケートな問題です。
三十路の女性にうっかり持ちかけにくい話題ベスト3に入ってるんじゃないかと思います。
本日の感想は、そこに切りこむ2本立て!

小倉千加子『結婚の条件』


日替わりセールになっていたので、ぽちっとな。
酒井順子『負け犬の遠吠え』がヒットする少し前あたり?に出た本なのですが、個人的には『負け犬の遠吠え』よりもこっちの方がはるかに面白かったし、刺激的でした。安くなってたので、もっぺん読んだれーと思って、ぽちった。

名言が目白押しです

大学で教鞭をとり、教え子の女子大生たちの発言や悩みを仔細に聞き、卒業後も連絡をとりあったりして、現代日本女性の結婚に対する意識の変化をまのあたりにし続けてきた著者。

いろいろと目からウロコの指摘がいっぱいあるんですが、そのへんは他の人がカスタマーレビューなどでまとめて下さっているので、ここでは取り上げません。
今回、久々に読み返した私が気になってハイライトをつけた中から、面白かった名言をいくつか紹介してみるよー。

教員は分からず、学生たちの多くが分かっている現実の困難さを一応言っておくと、それは「人生には夢中になれることが何もない」という意識である。大学の四年間に夢中になれることを見つけたいと多くが口にするが、見つけられる者は圧倒的に少ない。

あぁ…ここにも「やりたいことがわからない」という絶望が…。
ちなみに私は、大学に入る前から「中国語にハマってみよう」と決めていて、3年間やってました。人為的に「ハマれるもの」を見つけておくべきだと思ってたの。でないと、大学は自由すぎるから。

優しい言葉をかけられ、安心感が得られて、はじめて心を許して自分を委ねられる相手と出会うと、それを「恋愛」だと思い込む学生がいる。

ぎくっ。
(過去のあれやこれやを思い出して耳が痛い)

恋愛は強姦と似ていると言えなくもない。強姦は衝動的に起こる犯罪ではなく、周到に準備されて起こる。どちらも狙いやすい相手を物色してから、失敗しないように念入りに仕掛けられて起こる。恋愛はそういう意味では、確かに一種の才能である。世の中には、恋愛の才能のある人とない人がいるのだ。そして、才能のない人にとっての最大の夢が「自然な出会い」なのであるが、才能のない者同士の間には、いつまで待っても恋愛は発生しない。

とりさんは恋愛の才能がなかったので、自分が好きになった相手と距離をつめて落とせるようになったのは、やっとこさ20代も半ばをすぎてからでした。そんなもん、他の人のやり方を見て、何度か失敗して、ちょっとずつ覚えるしかなかったんや…。

東大を出ても、一橋を出ても、いくら勉強ができても、そのことで人は自由になることはできない。十八歳のときの頭の良さで一生が決まるのではない。三十歳のときに賢いかどうかがよほど大事なのだ。

この本を初めて読んだ時、まだ20代前半でした。
自分が試されているのは、30歳になった時、どんな人間になっているかなのだ、と強く思った。
思った…のにもかかわらず、こうなってしまったわけですが!

女はギャグの「受信機」でなければならないが「発信機」になってはいけない。彼女はそういう偉大な真理を、三十代半ばにしてようやく悟ったのだ。これは、男の九割に当てはまる事実であるから、真理と言っていいだろう。

「面白いことを言う女よりも、男の発言を面白がって笑ってくれる女の方がモテる」という、『臨死!!江古田ちゃん』のワンシーンを思い浮かべずにはいられない、この鉄則。

関西で言うなら、「ツッコミの女よりも、ボケや天然の方がモテる」ってアレですかね。でも、天然オンリーだと「あいつアホやろ」と言われて終わりなので、関西は厳しいですね。

ちなみに、「相手の心に刺さるギリギリのツッコミができる女はモテる」という逆説的なモテ論理を説いている人もいます。水野愛也(水野敬也)です。
ツッコミ属性の関西人のとりさんから見ても、これはかなり高度な技なので、習得できれば恐らく他の追随を許さない。が、大変難しい。

女性だけではなく男性もまた、結婚によって経済的義務を相手が担ってくれたらと潜在的に考えている。

男は女ほど依存的ではないとされている。が、それは嘘である。男は女に依存したい。

働きたくないでござる!それは男も女も同じでござる!

男を受け入れたいと望み、なおかつ結婚にもっていく計算高い女にはなりたくないと考える女は、世の中で一番生きにくい。男を受け入れたくて、計算高さが自分の中に少しでもあると認めるなら、結婚してしまえばいい。私はそう思う。結婚した方がいい女というのは、子どものときに決まっているのだ。

問題は、自分がどっちなのかということですな…。

小倉千加子『結婚の才能』


『結婚の条件』の続編。
いっぺん立ち読みしたことがある程度だったので、一緒にぽちった。
こちらの方は、『結婚の条件』よりもずっとエッセイに近い内容です。

経済状況の悪化が、結婚への妄想を断ち切った

『結婚の条件』が2003年、そして『結婚の才能』は2010年。
その間に何が起こったかというと、リーマンショックです。そう、景気の悪化。
当然ながら、結婚をめぐる事情も一段と厳しくなった。

経済不安と孤独の海に放り出され、未婚者は生きるために結婚するか、生きるために結婚どころではなくなるか、いずれかになった。

未婚者は「こんな結婚式がしたいのー」とか妄想している暇はなくなった。そんな暇があれば給料を上げるために資格の勉強をするか、婚活サイトに登録して本気で相手を探さねばならないから。

「自分たちには将来、年金がない」ことを早くから知っていた大学生と、「年金制度の破綻は許せない」と怒っている大人とでは、社会に対する甘え方が違うのである。

なるほどなぁ、と思った一文。

男性の迷妄が深いところは、地位とか収入とかいう自分の社会的パワーが自分の核なのであり、「自分=ポストとお金」と考えて忸怩たるところが全くないところである。男性が支配層にそう思わされていることは、既に「男性学」で明らかにされているのに、自分がそうだと気がつくことができない。

多くの男性にとって、自分の価値は、会社や年収なのでしょうか。

結婚が幸福の象徴であるとされるのは、逆に結婚が女性にとって喪失を伴う重要な転機であり、「安全」で「幸福」な将来が保障されていると思わなければリスクが大きすぎるからである。

誰だったっけ、出産や育児に対しても、似たようなこと言ってる人がいたような。「愛」という感情がなければ、とてもこんな大変なことやってられないよ!みたいな感じで。
中島梓だったかな…『タナトスの子供たち』とか…ちがってたらごめんよ。

結婚は運命ではなく、決断である。

個人的に、「その通りだよなぁ」と思うことがあったので、非常に重い一言だったでござる。

古典の活用表を暗記するよりも、方程式の解き方よりも、顕微鏡の使い方よりも、どうしたらそこまで人を好きになれるのかを教えてもらいたかった。
でも一番知りたいことを、大人は一番教えてくれようとはしなかった。
私は今、友だちどころか、私のことを好きなのかどうかさえ分からないでいる。

小倉千加子は言う。失恋してごはんが食べられなくなるほど相手を好きになれる方法を、自分は知らないのだと。
私もここ10年くらいの間に、人を好きになるのって、すごい才能やんな、と思うようになりましたよ。どうやったらそこまで人を好きになれるの?恋愛ってどうやるの?みたいな期間が長かったので。

結婚について個人的に思うこと

子どもの頃の私は、「自分は結婚も恋愛もしないだろう」と思いこんでました。
彼氏ができるようになってからも、結婚というものは、まったくもって蜃気楼のようなものだった。自分にふりかかるリアルな出来事だという意識がなかったのです。

いま、その報いを受けています。

自分が生まれ育った家族から離れて、自分の生まれ育った家を捨てて、まったく別の両親と祖父母を持つ男のところへ嫁いで「他人の家に入る」のが結婚なのだということを。
生まれ育った土地を離れて、全然ちがう慣習の土地へ「世帯の一員、構成員」として入っていくことが、女性にとっての結婚なのだということを。
まったく、これっぽっちも考えずに生きてきたからです。

京都を離れたこともない。京都を離れたいと思ったこともない。
家族とも仲がいい。
だからなおさら。

結婚すれば、そういうものから切り離されるかもしれないのだということに、今まで気づいていませんでした。
29歳の終わり頃に気づいて、動揺しているうちに30歳になりました。

そうか、私は本当に、自分が結婚するなんて思いもせずに今まで生きてきたんやな…と実感して、ちょっとショックを受けています。