Kindle書評『現代霊性論』と『メイディン・メイデン』

10月25〜26日、「きんどう」さん主催で、Kindle1周年を記念して皆で無料キャンペーンやろうぜ!って企画があります。

とりさんも参加予定ですが、新刊のリリースがギリギリになりそうな予感です。キャンペーンの枠には入れない可能性大ですが、同じ期間で無料キャンペーンやろうと思ってますよー。

新刊の作業やりつつ、合間にちびちびKindleで読書しております。
そういえば、iOSのKindleアプリでハイライトをつけると、ハイライトをまとめたページで見た時、ハイライトをつけた部分の最後の1文字が必ず抜け落ちるのは、なんででしょうね。アプリのバグ?
Kindle Fire HDでハイライトをつけた部分は、全然そんなことにならないんですが。

今日も感想いってみよー。

内田樹、釈徹宗『現代霊性論』


知人が面白いと言っていたので、ぽちっとな。
大学の講義をまとめた対談集という形の本です。

古来、人が住みたがらない場所

タイトルは大変堅苦しくて、ちょっと手に取りづらいのですが、予想以上に面白かった。いやーまじで。
ハイライトつけまくったら大変なことになって、いったいどこにフォーカスして感想を書けばいいのか困った。

たとえば、古来、人が住みたがらない場所ってあるよね。逆に、人が自然と吸い寄せられちゃう場所ってあるよね、という話。

もともと繁華街というのは、「ここは住むのには負の要素が強すぎるから誰も家を建てないだろう」というので店を出すんですよ。

たぶん河原は本来人間が日常生活を営む場所ではないんだと思う

京都の三条〜四条河原町は、京都市でもっとも地価が高く、栄えている場所です。
一方、鴨川の河原ということで、かつては刑場でした。母も「昔はあのへんで人が処刑されたりしてたんやで」と言います(昭和生まれだから実際に見たわけじゃないだろうけど)
だから、私も霊感があるという知人に、「ここ、あんまりいい感じがしない」「嫌なものが見える」と言われたことがある。母にそれを話したら、「あそこは刑場だったからね」と言われたのです。

条件が整っているのに人が住まない場所というのがありますけれど、経験的に言って、昔の人が住まなかった場所にはあまり住まないほうがいい。

逆に、大きな商業施設を企画する立場になった誰それさんが、江戸時代の古地図をチェックして、当時栄えていた場所に「どうしてもここじゃないと駄目だ」と主張して施設をつくったら、すごくいい感じになって、人が自然とそこへ向かいたくなるような立地になってて成功した、という話も出てきます。
(そこはハイライトつけてなかったから具体名を忘れた)

宗教に寛容になること

内田樹のように、お寺や教会へ行ったらそのつど「郷に入っては郷に従え」を実践し、宗教に対して寛容な人は、宗教の勧誘をされることはない、という話も興味深かったです。

執拗に信仰に誘われるのはこの人の宗教性が希薄だと思われているからなんじゃないですか。友だちは、宗教性が希薄なのが不幸の原因だと思っているから、もっと宗教的になるといいよと思って勧誘してくるわけです。

また、宗教に対してまるっきり無防備な状態でいると危ないよ、というのは、この本でも語られていました。

わけのわからないものを、わからないなりに受け入れる

不思議なことも「へぇ、不思議ですねえ!」と言って、不思議なままで受け入れる。そういう訓練をしておくと、変なカルトに引っ張りこまれないらしいです。
逆に、不思議なことなんてねえよ!みたいな感じで生きてると、不思議なことがあった時に「なんでやねん!なんでやねん!」って納得できなくて、それを理由づけしてくれるものに飛びついちゃうから…みたいな。

武道では「胆力」と言うんですけれど、「驚かされちゃいけない」ということを教える。「驚かされない」ための秘訣は、いつも「驚いている」ことなんです。「驚かされる」は受け身の経験だけれど、「驚く」は能動的経験でしょう。自分から進んで驚く。

これ、すごく大事なことなんですよ。「どうふるまっていいかわからないときに、適切にふるまう」というのは生物の生存戦略の根幹部分なんだけれど、そういうことを教えるのが文学の一つの仕事なんです。

幸・不幸は偏って訪れる

人生における幸・不幸の量って多分同じくらいなんだけど、均等に訪れるわけじゃないんだよね。幸福ばっかりとか、不幸ばっかりとか、偏って一気に来るんだよね、という話。

たとえば内田樹は、何があっても全然ケガをしない「アンブレイカブル」な時期があった。学園闘争とか、どんなに危ないことがあっても、自分だけはケガひとつしない。かわりに周りの誰かがケガをする。

そのときに気がついた。僕の「アンブレイカブル」は、僕がするはずの怪我を誰かが代わりにしているんだって。

たぶん世の中で起こる苦しみの総量というのは一定であって、僕が回避した分のツケを誰かが払っている。そう思ったら、ぞっとして。

以降、自分の運を試すような真似はやめた、と。
他にも、天才的な武道家は、自分は全然ケガをしないんだけど、かわりに最愛の家族を失うことが多い、とかね。
だから武道家の甲野善紀は、自分がだまされたり中傷されたりという「不幸」を受けると、「ああ、よかった。これで税金を前払いした」と思うそうです。あまりにも一方的に幸福だと、見返りとして自分の家族に不幸がふりかかるかもしれないから。

以前読んだ本にも、似たような話はあったなぁ。なるべく選択するな、とか、幸・不幸は偏って訪れる、とか。

言霊の強さ…占いをやるべきでない理由

人は想像以上に、言葉に縛られてしまっている、という話。言霊ですね。
起業する人って、たいがい根拠のない自信を持っていて、「自分はできる」と思ってたりするんですが(うちの社長もそうだ)、そういう自己暗示がどれだけ大きい影響を持っているか、と。

占いの怖いところは、悪い結果が出ちゃった時、人は無意識のうちに、占いが成就するように行動しちゃうという点です。
言葉を信じると、呪いにかかっちゃう。予言の方向に引っ張られちゃう。たかだか1000円だか3000円だかの占いであっても、お金を払ったという自分の行動を正当化するために、占いの結果を真実に変えてしまう。

ほんとに人間って、人生を信じられないほどの安値で叩き売るんです。怖いですよ。

自己啓発本でよく見る「手帳に目標を書く!」みたいな方法って、けっこう効果的なのかもね。

なんか他にもすんごい面白い話が目白押しだったので、興味がある人はぽちればいいと思うよ!

犬子蓮木『メイディン・メイデン』


少し前に出た犬子さんの短編集。
ぼーっとしててリリース当初の無料期間をすぎていたので、普通にぽちりました。

機械人形の短編集

機械人形をテーマにした、SF短編4本が入ってます。
あまぞんの内容紹介を見ると、どういう風に内容紹介すべきか悩んだんやろなーというのが伝わってきますね。確かに、さらっと紹介しにくい内容ではあると思います。

でも私、こういう話が好きです!

たとえば、「メイディン・メイデン made in maiden」。
美しい機械人形である全知の女王が主人公。
問いをたずさえて女王の城を訪れた男たちは、女王から問いに対する答えを得るだけでは我慢できず、女王に触れてしまう。そのたびに、女王に触れた男たちは処刑される…。

完璧な踊りを求めて機械人形たちが踊り続ける「メルティン・トゥ・エア melt into air」。

機械人形の赤ずきんちゃんを、人間の赤ずきんが襲う「リトレッド littel red」。

機械人形が、望むはずのない自殺を望む「スタティック・ログアウト static logout」。

タイトルからして森博嗣の『ナ・バ・テア』とかあのへんを意識してますし、表題作は森博嗣の最新作『赤目姫の潮解』の影響を受けているそうです。


でも、いかにも森博嗣の影響出まくり!な感じの短編集ではなかったです。全体的に、SFおとぎ話のような雰囲気が漂っています。こういうものは好物です\(^o^)/

人間ではないけど人間に似ているもの、というテーマ

『メイディン・メイデン』を読んでて思ったのが、
「私は、人間ではないけど人間に似ているもの、というテーマが好きだよなぁ」
「犬子さんの場合、それが機械人形という形になるのかなぁ」
ってことでした。

私の場合、年をとらずに国を滅ぼす少年少女とか(天の種)、オスもメスも妊娠する架空の森の生き物とか魔法を手に入れた水鳥とか(翼と鎖)、そういう形で描くことが多いのですよ。
年をとらない、人間のような性別がない、魔力が使える、人間以外の外見にもなれる。そういう方向。
次のKDP新刊も似たような感じです…。

人間のようには死なない、というのは、それだけで妄想がふくらむ設定ですしね!でも、人間とはちがうルールで生きているから、そこにまたドラマが生まれるという。昔話の異種婚姻譚を連想しちゃったりして。

花畑にたたずんで

お話としては、「メイディン・メイデン」や「リトレッド」が好きですが、あらすじとは全然関係なく、脳内をイメージでいっぱいにしたのが「スタティック・ログアウト」。

花畑にたたずむ女の子と機械人形…という冒頭のシーンで、自分が過去に書いた小説のイメージを思い出してしまったのです。
(わかりにくい小説だったので、今のところKindle化の予定はない)

それで、余計にぶわーっと不思議な花畑のイメージがふくらんでしまって、しかも読み進めるにつれて私の好きな円環ストーリー(夢の中のように現実離れした時の流れ方とか、終わらない1日をくり返す的な)が顔を出してきたので、勝手にときめいてました。
この世ならぬ花畑での終わらない1日、みたいなね!雰囲気がね!
(必ずしもそういうお話ではないのだが)

余談:表紙について

この『メイディン・メイデン』に関する犬子さんのブログの記事。

表紙はシンプルにしました。もっと真っ赤な奴とかタイトルを載せないものをとか考えていたのですが、先にやっている人を見つけたのでもれなく廃案となり、表紙を作ってるソフトで角度を回転させたら意図しない部分に色がついたので(これ、ソフトのバグだと思うですよね)なんかこれかっこよくね? と決めました。

赤い表紙を先にやってる人というのは、多分私の『Knoe(クノエ)』のことですよね…。


こんなツイートしてはったし。

ちなみに、ついったーで犬子さんにもお話ししたのですが、表紙作成中に回転させたら意図しない部分に色がついちゃったー、というのは、バグではありません。仕様です。
ソフトでキャンバス全体を塗りつぶしても、キャンバスの外側には色がつかないからです。
なので、キャンバス全体を赤く塗りつぶし、その上から新規レイヤーをかぶせて白く塗りつぶして、白いレイヤーを回転させたら、すきまから下にある赤いレイヤーが見えて、こういう表紙になります。

見ているうちに、だんだん、犬子さんはこのまま幾何学的な表紙を極めていけば、独特の味わいが出てきて、そのうち「犬子風」とか呼ばれるのではないかと思い始めました。冗談ですけど。