Kindle書評『独立国家のつくりかた』と『うさぎとマツコの往復書簡』

またもやKindleが充電されなくなり、シャットダウンしたりいろいろ試した結果、USB端子を取り替えたら充電できるようになった昨今です。お前か。お前のせいか。
iPhone用のUSB端子を2個持っているので、普段はそれを使ってます。

それにしてもKindle Fire HDは、すぐ充電が減っちゃうね!
今さらながら、普段はWi-Fiを切っておくことにしました。

週末もKindleに貼りついて本読んでたよー。書評いってみよー。

坂口恭平『独立国家のつくりかた』


まっすぐすぎて、ぶっとんでいる。そんな超面白い坂口恭平の本。
以前も紙の本の感想を書きましたが、この本も面白そうだったのでぽちっとな。

おかしいと思ったら流されないこと

最初にね、坂口恭平が独立国家だのなんだの言い出した時は、「なんでやねん」って思ったんですよ。あれ、ちょっと近寄りにくい方向に行っちゃった…?って。
だから、この本もすぐには買わずに様子を見てた。

この人、スピリチュアル系の人とのインタビュー記事もあって、「えぇええースピってんのかよ…」と疑いの目で読み始めたんですが、前世がどうとか、そういうのをスルーして読むと相変わらず面白かったです。

そんな坂口恭平が、なんで独立国家なんて言い出したのか(反逆罪にならないよう、一応は芸術活動としてやっているらしい)。彼がずっと考え続けている問題。生理的な感覚を大切にするべき理由。などなどが、この本では平易な語り口でつづられています。
『TOKYO 0円ハウス 0円生活』でも、彼が疑問に思ったことや、今までにやってきたことなどが語られていたけど、それをダイジェストで紹介しつつ、さらにそこから広がった活動内容や、アップデートされた話が載ってる。

実は今まで、Kindle本を読む時は、気になった箇所にハイライトをつけず、ただブクマをつけてたんですが、やっぱりハイライトつけた方が便利だね!Wi-Fiを切った機内モードの状態でハイライトつけながら読んで、読み終わったらWi-Fi接続してハイライトを同期すればいいよね。

ハイライトつけたところを紹介しまっす。

所有には「所有して嬉しい」という個人の喜びと「誰のものか一目瞭然」という管理する側の操作性の良さという二つのレイヤーがある。

なんで土地を所有したいのか?なんで土地を所有できると皆思っているのか?皆、本当に土地を所有したいと思っているのか?と、前半で著者はくり返し問いかけます。現代に建てられた家の基礎はがっちりと土地に固定されていて、動かせない、まさに「不動産」であり「可動産」ではないのだ、と。

やりたいことは無視して、自分がやらないと誰がやる、ということをやらないといけない。しかも、それは実はすべての人が持っているものだ。絶対に。

やりたいことをやるなんて、どうでもいい。自分のやりたいことなんて社会には必要ない。それよりも、「これをやらなければ」と感じたことをやるのだ。若い人はそこをかんちがいしてはいけない。自己実現なんてどうでもいい。言い切った!
この流れが、現在の「独立国家」につながるわけですね。

「生きるとは死ねないこと」。死ねない環境をつくる。これが「生きる」ということだ。

言われてみればその通りだよな、と感じた一節。
著者は、実は躁鬱病であると診断されており、鬱期になると常に死にたい死にたいと思って相当苦しむのだという。だから、彼は自分が疑問に思ったことを常に考え続けて、それに基づいて行動を起こし、さまざまな人と関わり、「自分が死ぬわけにはいかない」という状態に持っていく。

死のうと思うこと。絶望すること。実はそれは力だ。ただ、それは何か行動を起こそうとする力ではない。自分が大きな眼になるような力である。

死にたい時、芸術をつくるのではなく、芸術を探す。

著者は鬱期になって死にたくなると、自分が死なないで済むように、それこそ命がけで考える。そのため、躁期はあちこち飛び回ったり原稿を書いたり人と人をつないだりする活動にあてて、鬱期はひたすら考えたり、何かを見極めたりしているそうらしい。

というのも、鬱期になって絶望している時は、めったなものには反応しないし、ものごとに感動しにくくなっている。だから逆に、そういう時は本当にやばいもの、すごいものを見つけると、ものすごく反応できる(著者は、千利休がわびさびを見出すように、周りのものをとにかく見るという)
…この発想はなかったな…すげーな…。

中村うさぎ、マツコ・デラックス『うさぎとマツコの往復書簡』


まっすぐにぶっとんだ人の次は、果てなき欲望を見すえて全力でもがく人の対談+書簡集です。
坂口恭平のあとで読むと、痛々しさ、ドロッドロさが2割増し!

女の物語、七転八倒

大多数の人が、なんとなく飲みこんだり、「私はこれでいいんだ」と言い聞かせたりして生きていくモヤッと感を、「これ何?なんなのよ」と突きつめて突き進んで…そして今、年をとって欲望がかれて平和になったら、めっちゃ退屈になってもうたわ!と冒頭から叫ぶ中村うさぎ。
そんな中村うさぎに容赦なく「アンタがそんなこと言うのは、実はこういう意識があるからじゃないの?」と斬りかかっていく魂の双子マツコ・デラックス。
なんかもう、すさまじいですね。

中村うさぎの著書を読んでいると、「あぁ、わかる…」と感じることがたくさんある。
ただ、なんでこんなことを必死に七転八倒しながら悩んでるんやろう?と感じる部分もある。
それは単に私が「安易に世間一般の幸福や救済へと流されたから」なのか、それとも「自分探しにもがいた世代と、最初から自分を信じていない世代とのジェネレーション・ギャップ」なのか、そのへんはわからんかったけど。
中村うさぎが若かった頃は、女だというだけでなめられて、「仕事がほしけりゃ股開け」的な言動が横行していたらしいから、そりゃあねぇ…時代が全然ちがうよねぇ…。

話がそれた。
いくつかハイライトつけたので紹介するよー。

だって、ホモの価値って結局、美醜でしょう。学歴や地位や収入じゃなくて、要は見てくれの世界なわけよ。

ホモとシングル女って似ている。

外見の若々しさ、美しさを武器に、いつまでも恋愛マーケットから降りられないことについて。そのしんどさと痛々しさ。
あと、「自分ひとりのために生きるのって、けっこうつらい」というマツコ・デラックスの発言も興味深いです。結婚や子どもという、わかりやすい原動力がないから。いやー他人事じゃなくなってきましたねー私もねー(棒読み)

夫婦別姓に反対するのはいいんだよ。みんなが賛成しなきゃいけないなんて思ってない。ただ反対意見の根拠が「日本の家族の形が壊れてしまう」って。「もう壊れてるんだよ! バカか?」みたいな。

あーこれ、似てる。何にって、ケータイが普及し始めた時の反対派の意見に似てる。
中高生にもケータイが普及し始めた2000年頃とかさ、さんっざん新聞とかネットとかで見ましたよ。
反対派の人たちは、「ケータイは家族の絆を崩壊させる。家族それぞれが自分の画面を見て他人とつながって、家族とつながらなくなる」とか言ってたの。アホですね。

実際には、もともと仲が良好だった家族は、ケータイを手に入れても特に変わらなかった。むしろ夫婦間や親子間でメールのやりとりをして、コミュニケーションの手段が増えた。
もともと崩壊してた家族は、ケータイをきっかけにどんどんバラバラになっていったけど、ケータイがなくても最初っからバラバラだった。そんなもんですよ。

「自分の遺伝子を産むのが『女の物語』なのだとしたら、『男の物語』は資本主義かもしれません」

出産で遺伝子を残す女と、有利な遺伝子の運び屋として生き残るために競争原理の社会を築いた男。
中村うさぎが、とあるイベントの控え室にいた男性の発言として紹介してるんやけど、本の帯のキャッチコピーにできそうですね。

先の世代が後の世代に教えられる事は、ただひとつ、「私たちの見た夢は、あれはやっぱり幻想でした」って事だけかもしれない。

高度成長期の世代は、成長を信じて、豊かな未来を夢見た。
団塊の世代は、社会改革を夢見た。
中村うさぎの世代は、自己実現を夢見た。
そして皆、幻想でしかなかった。
今の世代は、何を夢見ているだろう?

余談:漫画が読みたい

なぜかこういう発作に襲われることがあります。漫画が読みたい発作。本を読みたい発作もあるけど、漫画の方が深刻なんですよ。だって大人買いしちゃうと一気に金が飛ぶから。あなたもですか?お仲間ですね!
Paperwhite買おうかなーなんて言ってたけど、やっぱり漫画はFire HDの方が見やすいよねー。当分はこのままでいいや。

「Kindleで全巻完結してるおすすめ漫画はありませんか」と聞かれて、「精神的にグロいのが平気ならこれ読みなよ!」とおすすめしたのが水城せとな。
思春期ダークファンタジー、『放課後保健室』全10巻。
略称ホーホケ。グロいのに、のんびりした略称…。