Kindle書評 『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』と『ガセネッタ&シモネッタ』

今日は米原万里を一気読みです。

返しに行くのが面倒で図書館をあまり使わない、引きこもりのとりさんですが、図書館の本自体はけっこう読んでました。
老眼になる前は、母が図書館を熱心に利用していたからです。

市営図書館はひとり5冊までしか借りられないところを、母は父の貸し出しカードも利用して、毎回10冊借りていました。
「図書館は市民の税金で運営されてるけど、私は払った税金以上を使ってんねん」
というのが、母の口癖だった。
(父は本を買うことが多く、あまり図書館は使わなかった)

母が借りてくる本を、私も一緒になって読んでいた。
だからエッセイとか、けっこう読んでた。ミステリは意味不明だったので読まなかったけど。
(母は昔からSFとミステリが好きでした)

米原万里も、母が図書館から借りてきたエッセイを何冊か読んで爆笑して、母と「こんなネタ面白かったな!」とか言い合ったりしてた。

米原万里『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』

米原万里が子ども時代、プラハにあるソビエト学校へ通っていた時のエピソードと、当時の友達と30年ぶりに再会してわかったさまざまな真実…という流れで、3人の友達との話が収録されています。

  • 「リッツァの夢見た青空」
  • 「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」
  • 「白い都のヤスミンカ」

小学校へ入る前にベルリンの壁が崩壊していた私にとって、共産主義と資本主義が真っ向から対立していた冷戦時代は、学習した知識の印象が強いです。あの時代を生きていた感覚なんて持ってない。
遠くて国の数も多いヨーロッパについては、事情もよくわかってない。

でも、ベルリンの壁が崩壊し、ソ連が解体消滅したあとも、大変な時代が続いていたのだなということを、読みながら改めて感じたのだった。

リッツァの話も、ヤスミンカの話も重く悲しく、アーニャの話は後味の悪さをしこりのように残したまま終わる。
ただ、皆、必死で生きのびて、生き残り、結婚して子どもを産んだ。
生き残るために、さまざまな変節を経て。

米原万里『ガセネッタ&シモネッタ』

こちらは通訳としての彼女が味わえる、笑えて考えさせてうならせる面白エッセイ。
さまざまな媒体に掲載された、たくさんの短いコラムがまとめられ、コース料理のような構成になっています。目次もレストランのメニューみたいな装丁。

あまりにもコラムの数が多すぎたのか、移動しようとしても1本1本のコラムに飛べないばかりか、目次にすら飛べない不親切設計ですが…目次から各コラムには飛べるんやけど。
コラム以外に、対談も収録されてます。

文学が育むもの

英文学者である柳瀬尚紀との対談では、米原万里がこんなことを言ってました。

基本的には、人間がいろいろ表現したいことがあって、(中略)その試みが文学というものに反映されてくるんですね。この積み重ねというものによって、言葉というものが成熟していくわけです。文学は、その足どりなんですよ。だから、日本文学なら日本人の精神史の足どりでもあるし、日本語でもって、あらゆることを表現しようとしてきた、その戦いというか、そういうことの足跡が文学には残ってるんですよね。
ですから、子供に自分の国の文学をたくさん読ませるということが、結局、わたしは愛国心を育てることだと思う。日の丸、君が代じゃないんです。

母国語で読み書きできること、母国語で自分の感じたことを表現できるって大事だと思うの。

処女懐胎

同じ対談で、こんなことも言ってます。

マリアが処女で懐妊したというのも、これは誤訳の問題だとどこかで読みました。ヘブライ語では、単に結婚をしないで、いわゆる正式な結婚をしないで子どもを産んだという意味なんだそうです。それをラテン語に訳すときに、そういう概念がなかったんで、処女になったという。

これに対して、柳瀬尚紀も「ありましたね」と応じているので、そこそこ有名な話なのかも。
まさかの…まさかの「実際は処女じゃなくてシングルマザーって意味だったよ説」ですか…。

と思っていたら、ちーけんさんから、こんなご意見が。

イエスは神の子だもんなー…人間のお父さんじゃ駄目なんだよなー…。

漢字かな混じり文は日本の宝

去年の12月7日に佐々木俊尚さんがツイートで、こんな記事を紹介されてました。

これ、どこの本に収録されてるのかなーと思ってたら、まさに『ガセネッタ&シモネッタ』に収録されてました。
私のおぼろげな記憶では、他のエッセイでさらに詳しく検証されていたような気も…するけどわからない。もっと他のエッセイも読んでみたいな。Kindleストアに増えてほしい。

全世界の言葉を知っているわけでもないのに

「浮気のすすめ」というコラムでは、自国語を世界一豊かな言葉だと言い切るロシアの元ファーストレディに対して、バッサリ。

もっとも一つの外国語もかじる程度以上に身につけていない人間に限って、こういう独りよがりを堂々と言い放つ。彼女ほど有名人ではなくとも、自国語は世界一豊かだと思い込む幸せな人はどこの国にもいる。単に当人の母国語の知識が外国語の知識よりも豊かであるにすぎないのだが。

語学以外のジャンルでも言えることですね…耳が痛いです。
それは単にあなたの無知と勉強不足ですよ、という。

まんまと紹介されている本を買ってしまった

さて、『ガセネッタ&シモネッタ』では、まえがきの「ガセネッタ・ダジャーレとシモネッタ・ドッジ」で、イタリア語通訳の著名人、田丸公美子のことを紹介している。
米原万里の親友だったという田丸公美子も、相当面白い人だそうで…。
彼女のエッセイを読めばわかるよ!みたいな書き方がしてあったので、まんまとKindleストアに飛んで、ぽちってしまいました。あまぞん沼の住人として、どんどん訓練されてしまっている気がします。


ぽちったー。