谷山浩子 「笛吹き」が僕に見せる夜ごとの夢

谷山浩子の『僕は鳥じゃない』というアルバムの1曲目に、「笛吹き」という曲が収録されています。

アルバムが出たのは、1999年。当時は高1でした。
父が「谷山浩子買うたんか。ステレオ使うか?」と言ってくれたので、家族のいるリビングで、父が持っているステレオにつながったCDプレイヤー(ビデオデッキと同じくらいの大きさだった)にCDを入れて聞いた。
初めて流れてきた「笛吹き」の最初のいくつかの音、遠くから誰かが呼んでいるような音、どこかへ行こうとしている足音のような音に、あぁこれきっと好きだわ、と思って、実際好きになったのでした。

真っ先に浮かんだイメージ

歌を聞いて、まず最初に浮かんだのは、アメリカ先住民のイメージだった。
なんでやろう。

自分の故郷にはもう何もない。
自分が自分でなくなる前に(つまり石になる前に)、地平線のかなたへ行こう、と。

あ、今書いてて気づいたけど、これは萩尾望都『スター・レッド』に出てくる火星人たちのイメージと似てるなぁ。
(あれが初めて読んだ萩尾望都の長編漫画だった…しみじみ…)

でも、笛吹きその人のイメージは、アメリカ先住民ではなくて、黒い帽子をかぶって黒い服を着た男の人のイメージ。
これも萩尾望都の『マージナル』に出てくる誰かと似てるわ…。
漫画を確かめてきました。ネズでした。

気がついたら、自分の中のイメージが、萩尾望都の絵に書き換えられてたでござる…。

これは、そんな夢

誰かに呼ばれる夢を、毎晩見ている子ども。
別に特殊な一族の血を引いているわけでもなんでもない、普通の子どもなんやけど、そういう不思議な夢を引き寄せる子ども。
それが、この歌に出てくる「僕」のイメージ。

夢の中で、ともに地平線のかなたへ行こうと呼んでいるのは、黒い帽子をかぶった笛吹き。

どこか遠くへ、自分が行く先に向かって、黄金の弓に燃える矢をつがえている姿も、「僕」が住む町の屋根に流れ星が降りそそぐ様子も、目に見えない巨人が都市を大股で駆け抜けて踏み越えていくイメージも、笛吹きの声とともに鳥たちがねぐらから次々に飛び立つさまも。

すべては、「僕」が夢の中で見ていること。
笛吹きが見せる夢の中で見ていること。

笛吹きの夢の感覚は、朝起きて、普通に朝ごはんを食べて、学校へ向かう「僕」の心のどこかに引っかかり続ける。
夢はだんだん深く強くなり、笛吹きは毎晩、「僕」を呼ぶ。
(今度は坂田靖子の漫画のイメージで再生され始めた)

この歌から私が想像するストーリーって、そんな感じです。

きっと、最後は笛吹きとともに、どこかへ行ってしまうのでしょう。

ふいに今日、歌が聞きたくなって、聞いていたら歌いたくなって、歌っていたらブログを書きたくなったので書いてみたのですが、いつも以上にとりとめのないイメージと妄想の話になったのでした。終わる。