万城目学 『プリンセス・トヨトミ』を読んだ

著者:万城目学(まきめ・まなぶ)
タイトル:プリンセス・トヨトミ
レーベル:文春文庫

今月28日に映画公開されるんだってさ。それに合わせて4月に文庫化されたのね。
マキメ最高傑作!みたいなキャッチコピーを、単行本発売当時よく見かけた。
でも小説のハードカバーは基本的に買わないと決めているので、じっと文庫化を待ち続けていました。
文庫にしてはちょっと分厚かったけど(554ページ)、「あぁ、もう夜11時!でもちょうどいいところに差しかかったし!」と一気読みしたら日付越えてしまいました。

マキメの安定感

マキメ作品は、デビュー作の『鴨川ホルモー』だけ読んだことがあります。
「うまいなー」と思いました。
なんていうの、ゲージュツカじみた狂気の要素とかはないんやけど、ちゃんといい感じに話がまとまってるんですよね。
(ゲージュツカじみた狂気…たとえば舞城王太郎の『阿修羅ガール』とか)

学生の間だけに伝わる奇怪な伝統っぽいのとか、その「伝統」の馬鹿馬鹿しい行事を大真面目に描写することで笑いをとったりとか、学内のすごくちっさい半径の人間関係でごちゃついたり、その半径の中で悩んだりしつつちゃんと青春したり。
そういう描写がとてもうまかったのです。安定して読める感じ。
同じ京大出身で、徹底的に京大周辺の狭い地域を舞台に学生たちのちっこい世界を描きまくる森見登美彦と似たようなジャンルに見えるのですが、森見よりも一般受けする感じなのです。
こう、普段あまり小説読まない人とか、「映画の原作しか読まないんです」みたいな人にも安心してすすめられる小説を書くなぁと。

やっぱりプロはプロだった

で、プリンセス・トヨトミ。
最初はいまいち乗り切れなかったんですが、第1章の終わり近くからがぜん面白くなって、流れに乗ることができました。
デビュー作と同じく、安心して読める作品づくりですねぇ。
マキメはアーティストじゃなくて職人だなぁと思う。安定した文体と、意外な要素を一般受けするように調理したストーリーと。売れる娯楽作品をちゃんとつくる。
読書家の中には、その安定してるとことか一般受けしまくるとこが気に入らないという人もいるでしょう。気持ちはわかる。
でも、きっちりした作品をつくれる安定した技術って大事やし、すごいよね。

最近はネットで文章読むことが多いんやけどさ。
すっごく読みにくい文章を書く人って多いのよ!ていうか大半だよ!
まず漢字変換がひどい。なんでもかんでも漢字にしすぎて、すごく読みにくくなってる。特にオタクっぽい趣向の人に多い気がするけど。
文の途中で主語が勝手に入れ替わってて、それも読む人がわかる範囲でわざと使った入れ替わりじゃなくて、明らかに本人の文章能力の低さが原因で入れ替わってるとかね。

マキメを読んでて、
「あぁ、プロの書く文章って読みやすい…。いや、中には読みにくい人もいるけど。でもこの人は本当に漢字の使い方もいいね。読みやすい。校正もちゃんと入ってるんやろなぁ」
としみじみ実感したほどでした。
うん、どうやら普段の私は漢字変換のひどい文章に相当なストレスを感じていたらしい。読んでて気づいた。

女が立ち入ることのできない、父と息子の物語

肝心の内容ですが、そりゃ映画化されるわって納得する内容でした。
見る人の意識をつかむ要素も入ってる、見る人をちょっと泣かせる話も入ってる、見る人をぷっと笑わせる場面もぬかりなく用意してる。
それが、きれいにまとまってんの。

あと、これは男に受ける話かもしれないと考えた。
あるいは、たとえ家族であっても女が立ち入ることを許されない父と息子の間のきずなとか関係性とか、父から息子へ受け継がれていくものとか、そういったものにあこがれる女性にも受けるかもしれない。
実際には、「男同士の秘密だぞ、みたいなこと言ってるけど、女には女の秘密があって、女は男の秘密にも気づいてるのよ」てな描写もあるのだが、基本的には父から息子へとつながっていくもの、男同士の秘密がテーマの話だ。

映画化での改変(改悪)に超がっかり

読み終わって、本の帯を見返した。
帯には映画化の宣伝が載ってるんやけど、「このストーリーからして、この人は誰それの役やろうな」と写真を見ながらあたりをつけて。
…あれ、どう考えても合わなくね?
堤真一、綾瀬はるか、岡田将生の写真が載ってて、年齢的にも組み合わせ的にも、岡田将生が鳥居の役をやることになる…いや合わんやろ!
太ってて調子がよくてちょっとまぬけで見合いに行っても連敗という鳥居の役を、イケメン枠にいるはずの俳優がやるんかいな!

と思って、映画の公式サイトをさっき見に行った。
…登場人物の性別が、原作と映画では入れ替わっていた。
背が高くて超優秀でフランス人とのハーフである美女の旭・ゲーンズブールを、綾瀬はるかが演じると思っていたのに、旭・ゲーンズブールは岡田将生が演じるクールなイケメンということになっていた。
そして、鳥居は女性ということになっていて、それを綾瀬はるかが演じると。
…がっかり。

確かに背が高くて優秀でめっちゃ美人で、人々の目を引きつけながらも威圧するゲーンズブールは、綾瀬はるかが演じるのってちょっとねーとか思ったけどさ。けどさあああああ。
あの御一行をイケメンと美女と渋い上司で固めちゃったら意味ないじゃーん。
水戸黄門の御一行が、渋くてクールで隙のない刺客ばっかで構成されてるようなもんですよ。
うっかりはちべえのいない水戸黄門…いや、最近の水戸黄門はそうなのか。
わかるけどさ。映画はお金かかるから、人気のあるイケメンと美人ばっかり使いたいんだろうけどさ。でも、がっかりしたので映画を見るのはやめる。

映画のキャストになんで怒ったのか

映画化に際して登場人物の性別が入れ替わってしまったことに、なんで腹が立ったのか。

原作では、松平の部下は、

「男たちが見上げるほど背が高くて、男たちがふり返るほど美人で、フランス人とのハーフで、めっちゃくちゃ優秀で仕事ができる若い女性」(ゲーンズブール)

「太っててちょっとまぬけだけど天性の勘は優れていて、超優秀な若手であるゲーンズブールに嫉妬して途中で口をきかなくなるという子どもっぽい部分のある男性」(鳥居)

という組み合わせなのに。

映画では、
「フランス人とのハーフで超優秀でクールなイケメンという男性」(ゲーンズブール)
「少々頼りないけれど天性の勘が優れている女性」(鳥居)
という組み合わせになるのです。

わかるかな、この腹立たしさが。

ゲーンズブールは、仕事がバリバリできて頭もよくて美人で背も高くて、恐らく大半の男が「部下にするのは苦手、彼女や妻にしたいなんて思えない」と退いていくような女だったのに!
その立場を男にとられて、かわりに「少々頼りない女性部下である鳥居」になるって…それじゃあ昔から大量に描かれてきたストーリーと大差ないやんけ!
ゲーンズブールが女だからこそ活きる場面が山ほどあるのに!

というわけで、原作が面白かっただけに、映画の脚本に文句をたれているのでした。